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【映画感想】最も嫌な本性【風が吹くとき】

 少し前に、U-NEXTで「風が吹くとき」を見た。


 インターネッツの各地では「精神的にキツすぎる」「映画として素晴らしいが二度と見たくない」「トラウマ」などという強い言葉が並んでいるが、私は「二度と見たくない」どころか二度見た
 正直、webの感想を見る限りでは「強い悲しみとトラウマを植え付けられる」系統の話かと思っていた。胸をえぐられ、軽く寝込みたくなるような痛みを予期して視聴した。が、どうもそうでもないらしい。

 あらすじは各所で語られているが、

 田舎町で暮らす老夫婦。二人の暮らしは平穏そのものであったが、国際情勢はそれと違って悪化の一途をたどっていた。夫は政府や州の発行したマニュアルをもとにいざというときに備えていた。そんなある日、ラジオから「我が国に核爆弾が放たれました。遅くとも三分以内には着弾します」の声がする。間一髪シェルターに潜り込んだ二人は、爆弾でボロボロになった家の中で救助を待つも、次第に放射能の影響が……。

 という話。まぁここだけ見たら「精神的にキツい」というのもその通りである。
 ついでに言うと、作者がスノーマンと同じというのが驚きである。
 でもスノーマンもラストはちょっと物悲しい終わり方だったけどな。

 さて、この話がトラウマか否かについては置いといて、できれば事前情報抜きに見てほしい。
「え? でもあらすじ見る限りだともうネタバレしてるようなものじゃないか」と思うかもしれないし、なんなら末路の想像がつくかもしれないが見てほしい。大事なのは過程

 決して明るい話でもなく、万人にお勧めできるモノでもない。
「正直、見ない方がいい」というのも分かる。私は「見た方がいい」と思うだけの話。
 見るべきだ、とまでは言わない。
 ただ、これは「人によって捉え方が変わる作品」だ。まず間違いなくそうだと思う。
 こういう作品は己の内面を映す鏡のようななにかが眠っているところに面白さがある。
 

 それで、私がこの話を見た後に感じたのは、ものすごい自己嫌悪だった。

 ※ここからとてもネタバレ※

 最初から、夫はマニュアルを参考にしてシェルターを作っている。
 が、そのシェルターはドアを外して壁に立てかけ、そこにクッションを乗せたものだ。
 普通の爆弾相手ならそれでもいいかもしれないが、相手は核兵器だ。これでは放射能を防げない。
 保存食の調達のため買い物に出た先で、パンが売り切れだったということもあり、クリスマスプディングの缶詰なんかを買ってくる。
「政府や公的機関からの情報を集めて動いている」はずなのに、どうも楽観的でズレているのだ。
 妻もそうだ。彼女はそもそも国際情勢や政治には興味がない。家事をこなすことがすべてだ。なんせ爆弾が落ちるというときにも「ケーキが焦げる!」という始末。
 核兵器が落ちてからも、放射能漂うエリアに留まり続け、救助を待つ。この話、ちょくちょく無知ゆえの楽観が出てくる。それがあまりにも愚かで眩しいと思ってしまう。

 決定的だったのは、雨水を飲料用に使い始めたことだ。
 原爆の「黒い雨」だ。放射能たっぷりの雨水を、妻は「怖いから沸かすわ」と言う。私は思う。「そんなことをしても意味はない」と。だけど作中の夫は「そうだね、その方がいい」と言って茶を飲む。
「バカだなぁ」と思った。
 その直後、「ちょっと待てよ」と思った。
 
 私が作中の老夫婦を「バカだなぁ」と思うことができたのは「何故、原爆投下後の雨を飲んではいけないのか」を知っているからに他ならない。原爆投下後の雨には放射能がたっぷり含まれており、その水を飲むと内部被ばくをしてしまうからだ。つまり臓器に直接のダメージが行く。私にはその知識がある。化学的に詳しい説明ができているかはともかくとして、結果的に「原爆投下後の雨は飲んではならない」という知識はある。
 だが、場合によっては自分が老夫婦側になることだってある。
 つまり、自分の知らない分野において、自分がなんらかの危機に陥ったとき、果たして自分は爆弾の被害を防ぐために紙袋に潜りこむような行動をしないといえるだろうか?

 そのときはきっと、誰かが私を見て「バカだなぁ」と思うのだろう。それは別にいい。大切なのは、全知全能の天才でない限り、あの老夫婦を「バカだなぁ」と思うのはあまりよくないということだ。
 それに気づいたとき、猛烈な罪悪感に襲われた。


 当たり前の話だが、私は人を下に見ないようにしている。中には赤の他人の一挙一動にケチをつけたがるとか、「そんなことも知らないんですか?」とどうでもいいことでマウントを取りたがるとか、そういう「人」たちがいる。そういった「他人の無知や無頓着を潔癖の如くつつきたがる人」と関わって嫌な思いをしたこともあったので「私は貴様みたいにはならんぞ」と思ったのが大きい。とはいえ、他人が何をしようが、何を知らないでいようが、私は基本的に(それが私の自由などを脅かすものではない限り)そういったものが気にならない性格だ

 しかし、どうだろう。私は確かに二人を下に見た
 彼らは暗闇の中で神に祈りを捧げていた。

 すごい作品を見たと思った。
 これを「トラウマ」「精神的に来る」という言葉で遠ざけるのはあまりにも勿体ないとも思うが、かといって「田舎町に暮らす老夫婦の、ハートフルな日常を描いた物語だよ。面白いよ」というだまし討ちをするのもナンセンスだ。きちんと「田舎町に暮らす老夫婦と、核戦争の物語」と前置きしたうえでどんどん見てもらいたい
「ちくしょう、二度と見ない!」と思うかもしれないし、私みたいに短いスパンで二度も見る人もいるかもしれない。

 ちなみに、グロシーンは全くない。血の一滴すら登場しない。その点については安心できる。


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