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【短編小説】自称・優秀な薬師と毒の村 #3

 こちらの続きです。



 シノは一枚の紙を取り出した。「機密レベルⅠ」と赤いハンコが押されているのでノアは思わずシノの顔を見てしまったが、「俺たちに見せていいものじゃないでしょ」という言葉の出番はなかった。
 ラスターが勝手に中身を音読し始めたのだ。
「『ゴブリンの退治を頼みました。二人組の男性で、とても丁寧に対応をしてくれたのですが、肝心のゴブリンが倒されていないようです。あれからも村人は次々と倒れており、死者も出ています。どういうことなのでしょうか』……って、これ、マズくないか?」
「退治しなかったの!?」
 シノが目をカッぴらいて驚いたので、ノアは慌てて否定した。
「違うんだ、俺たちはちゃんとゴブリンを退治した。だけど村の人々の体調不良は薬が原因なんだ」
「……そういえば、あなたたち報告書まだ提出してないわね?」
 シノの視線が痛い。ラスターは露骨に視線を逸らした。ノアは嫌な汗をかいている。シノは「ふーん」と鼻を鳴らした。
「……今回の依頼の報告書出すまで、あなたたちに仕事は紹介しない。とっとと出して。早く出して。そうじゃないとあなたたちの信頼にも影響する」
 シノはそうまくし立てながら、ノアとラスターの頭を機密文書でぺしぺしと叩いた。
「わかった、なるべく早く提出する」
「遅くても今日の夕方ね」
 ノアは時計を見た。午前十一時を少し回った頃だ。
「明日の朝は」
「今日の夕方」
「そ、そこをなんとか……」
「夕方」
「できるだけ丁寧に書きたいんだけど」
「ゆ・う・が・た!」
 ノアは沈黙した。
「……苦情になってるなら、雑に仕上げるより丁寧に時間かけた報告書の方がいいんじゃないか?」
「丁寧に速く書いて出して」
 ラスターの助け船も、船底に巨大な穴が空いた。シノは「よろしくね」という簡素な死刑宣告をして会議室を後にした。残されたのはデッドラインを見て絶望しているノアと「正直もうあの村に関わりたくない」というオーラをバシバシに放出しているラスターだ。
 ギルドを出た二人は、二手に分かれて行動を始めた。ノアは拠点に戻り急いで報告書の作成。ラスターはリョセ村がどうなっているのかを偵察しに向かった。規模が小さめな村で助かったと思う。そうでなければ悪い噂をどっと流されて大変なことになっていただろう。
 ノアは早速報告書作成に取りかかる。レーズンパンと牛乳を引っ張り出し、胃に流し込みながらの作業だ。
 ――ゴブリンは退治した。毒は使っていなかった。村では自己流の変な薬が流通している。材料に毒草が混ざっている。
 重要な情報を全て可能な限り丁寧に記載する。時々誤字をかましたが構っていられない。ペンが滑らかに奔っていく。何かのスイッチがオンになったかのようにして。
 ……全力回転の脳味噌が減速したのは、玄関の扉が開く音が聞こえたときだった。同時に、ノアは報告書を書き上げた。インクが乾くまで油断は出来ないが、ノアは小走りで部屋を出た。
「お帰り、ラスター!」
 軽やかに階段を駆け下り、仕事終了の開放感に満面の笑みを浮かべるノアに対して、ラスターの顔もぱっと晴れた。
「報告書終わったよ! それでリョセ村の現状はどうだった?」
 ノアがそう言った途端、ラスターは視線を斜め上に逸らした。
「あー、うん……それについてはちょっといろいろあってなぁ」
「色々? ……とりあえず提出するものを提出しに行こう」
 ノアはそう言って、階段を駆け上がっていった。
「…………」
 ラスターは注意深く息を吐いた。別の依頼の気配を感じながら。
 


 報告書を持ってギルドに足を踏み入れると、丁度混乱の最中だった。
「ですから! ゴブリンを退治してくださいって言ったのに――」
「うっそだろ」
 ラスターが愕然とする。そこにいたのはニルコ・マイヤー御本人。彼女の対応をしている男性職員はメガネの位置を直しながら何か応対をしている。
「遅かったじゃない」
 見つかったらヤバいと本能的に理解した二人をとっ捕まえたのは他でもないシノ本人だった。彼女は無言でノアの報告書を取り上げると、何か魔術を仕掛けた。
「隠遁?」
「あら正解」
 シノはノアに微笑んだ。
「しばらくそこで様子を見ていたいでしょう?」
 隠遁の魔術は、他者からの認識を阻害させる類いの魔術だ。自分が今どこにいて何をしようとしているのかが他人から見えづらくなる。自分より格上の相手には通用しないのだが、魔術の術式や魔力の質からして、彼女は相当な実力の持ち主らしい。
 シノはざっと報告書に目を通して「オッケー」と言った。喚くニルコとギルド職員の元へ向かおうとした彼女を、ラスターが呼び止める。
「あ、シノちゃん。ちょっといいか?」
 必要最低限の動きで振り向いたシノに、ラスターは続けた。
「もしあの女がわーわー騒ぎ出したらちょっとおだてて、『最近とても効果のある薬を開発したんだって?』って聞いてみてくれ」
「情報提供ありがと」
 そう言って、彼女はツカツカとカウンターの方へと歩いて行った。
「……ラスターは村で何を見たの?」
「じきに分かるさ」
 シノが男性職員に報告書を手渡す。ノアはラスターの手を引いて、もう少し近づくように言った。隠遁の魔術がかかっている以上、まず見つかることはない。
「足を踏まれないよう気をつけて。他の人には俺たちが殆ど見えていないから」
「シノちゃんからは見えてるのか」
 シノが自然に手をひらひらさせている。離れてろという指示だ。二人はシノたちの様子が見える場所をそれとなく陣取った。
 ニルコは報告書を危うく握りしめそうになっている。ノアが「インク、乾いてるかな」とどうでもいいことを呟いたのでラスターは自分の手の甲をつねって笑いを堪えた。
「こんな報告書でたらめです。現に亡くなる方が出てるんですよ」
「現地にギルドの調査団を派遣しましょうか?」
 男性がシノの方をちらりと見た。シノは少しだけ考える素振りをした。
 切り札を出すのだと、ラスターにはすぐに分かった。
「そういえば聞いたのだけど、あなたの薬でゴブリンの毒を全部対処していたんですってね?」
 やっぱりな、とほくそ笑むラスターに気づくはずもない。ニルコは、シノの問いに笑顔で頷きながら答えた。
「はい。苦しむ村人を放っておけませんでした」
「最近、とても効果のある薬を開発したって聞いたけど」
「はい。私は植物や自然の物を用いた薬を作っています。今回も、ゴブリンの毒に対抗すべく新たな薬を開発しました」
「それ、どんな薬なの?」
「こちらです」
 ニルコが差し出した瓶には、赤く濁った液体がなみなみと入っていた。

To be continued


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)