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【短編小説】別離の砂が散る

 こちらの後日譚です


 壁一面に描かれた魔法陣は、魔術の発動を阻害させる類のもの。ソリトスの牢獄の面会室はこうなっているらしい。それも合理的だ。この世界にいる人間の大半が魔術師ならば、脱獄につながるような魔術をおいそれと使わせるわけがない。
「何しに来た?」
 こちらを睨むシラヌイを見て、アカツキは小さく息を吸った。
 看守が静かに砂時計をひっくり返すのが見えた。



 鉄格子の合間には上等な障壁魔術が展開されている。この魔法陣の中でここまでの障壁魔術が展開できること自体が奇跡のように思えるが、相当腕のいい術師がいるのだろう。
「その様子だと元気そうだな」
「貴様もな」
 今すぐこちらにかみついてくるのではないかと言わんばかりのシラヌイは、忌々し気にアカツキの腕を見た。意図的に折ったのだな、とアカツキはそのとき気が付いた。
「お前が治癒の魔術を使える奴らをさらったおかげですぐに治った」
「俺をあおりに来たのか?」
「……他の奴らはどうしたんだよ」
 シラヌイの目が見開かれる。回答はこない。奥には看守が立っている。他人に聞かれて困る話でもない。
「全員死んだ」
「……アマテラスに殺されたのか?」
「違う」
 シラヌイは歯をガチガチ言わせた。背後の看守が警戒を強めたのがアカツキにも分かる。
「自決した」
「何で」
「アマテラスの思い通りにならぬように。あの首輪のせいで同胞と戦うくらいなら自ら命を絶つ方がいいに決まっておる」
 沈黙するアカツキを、シラヌイは鼻で笑う。臆病者に向けた嘲りに、アカツキはいちいち腹を立てない。
「お前だけは無事だったのか」
「ああ。俺だけは生き延びた。アマテラス軍が攻め入った場所より奥の方にいたからな」
「奇襲されたんだな」
「何?」
「違うのか?」アカツキは少し首を傾げた。「お前、喧嘩の時はいつだって一番前にいたじゃないか」
「貴様に何が分かる?」
「嫌でも分かるっての。子供ガキの頃はお前らとしかつるめなかったんだから」
 空気が重さを増した。アカツキは看守の方を見た。彼らは「我々には関係ございません」と言わんばかりの態度でドアの傍に立ち、アカツキの後ろにあるものをまっすぐに見つめている。
「それに、おれはお前のこと嫌いじゃないし」
 シラヌイの眉がぴくりと跳ねたが、アカツキは無視した。いちいちそういったことに反応していればキリがない。
「日没間際に何度も何度も置き去りにされて、そういう扱いだけは本当に嫌だったけど。でも、よく考えたら助けてもらったこともあったしな」
「何が言いたい?」
「別に。ただ、おれの中である程度のケリがついたって感じ」
 砂が静かに、落ちている。アカツキの視界の端に残る砂時計は緑色の小さな粒を延々と落としている。シラヌイの方を見る。やはり気が立っている。こうしてみると申し訳ないことをしたような気もしてくるが、彼のやらかしを黙認するわけにはいかなかった。
 言わなければならないことを言えていない。こうしている間にも砂時計の砂は落ちている。アカツキは慎重に口を開いた。いざとなれば看守が上手く止めてくれるだろうという下心を抑えつつ。
「でも、今回のやり方はダメだった」
 視線を、わざと横に逸らす。あえて看守の方を見る。シラヌイはその意図をすぐに掴んだ。普段の彼ならとっくにアカツキに対して怒鳴り散らしていたことだろう。
「なるほど、貴様は説教を垂れに来たのだな」
 しかし看守がすっ飛んでくるのを避けたかった彼は、アカツキの思い通りの言動を取る。
 それでいい。アカツキは自分の言いたいことを続けた。針に糸を通すような慎重さを忘れずに、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「よりによってアマテラスと同じやり方で――」
 だん、と強烈な音がした。シラヌイが床を強く踏み抜いたのだ。
「あれと一緒にするな!」
「一緒じゃないか。同意なしに望まぬ戦いをさせるなんて方法、アマテラスの連中とやってることが一緒だ」
 看守が動いている。シラヌイが動いた瞬間に身体拘束魔術かなにかを展開するつもりでいるらしい。アカツキは「落ち着け」と言って、それとなくシラヌイの背後を示した。それだけで大体の意図を察したらしい。シラヌイは歯をカチカチ言わせて、アカツキのことをじっと睨んだ。
 砂時計がさらさらと砂を落としている。
「おれは、お前に協力できないけど……。お前のやることは否定しない。それだけは伝えておきたかった」
「安全圏からのうのうと眺めるだけということか」
「違う。おれはもともとねーちゃんを守りたかったんだ。アマテラスに喧嘩売った理由はそれだ。お前と喋っていて思い出した」
「……勝手にしろ。このシラヌイ、貴様如きの助けなど借りなくとも、アマテラスに乗り込み奴らを血祭りにあげてやる」
「なんだ、調子出てきたじゃん」
 アカツキは笑った。本心からの安堵だった。シラヌイが鼻を鳴らすのと、背後の看守が動くのは同時であった。
「ここを出て、俺は島に向かう」
「…………」
「ただの弔い合戦であろうと、止めるなよ」
「最初からそのつもりだ」
 アカツキは砂時計を見た。砂が尽きていた。看守に促されたシラヌイは、おとなしく奥の扉に向かっていく。
「死ぬなよ!」
 大きな背中に呼びかける。返事はなかった。代わりに扉が静かに開き、シラヌイはその向こうへ消えていった。こちらを振り向くことはなかった。



 面会は案外あっさりとできるものらしい、と今更そんなことを思う。
 一通りの手続きを終えたアカツキは外に出た。太陽はまだ中天に輝いている。
 少し歩くと、ノアと会った。手には本が数冊。
「シラヌイと会ってきた」と言うと、少し驚いていた。
「あいつも、悪いやつじゃないんだよ」
 そう言っても、ノアはあまりピンときていないらしい。そういうものだろう。愛を理由に拳を振るい、あなたのためだと言って罵詈雑言を吐く。暴力の言い訳を美しく飾る輩はいつの世にも存在する。
「君がそう言うのを、俺は否定しないけれど……」
「心配してるのか?」
「うん」
 即答だった。
「なんだか一番下の弟を思い出して……まだ七歳くらいなんだけど」
「七歳の子供と同じレベルなの? おれが?」
「うん」
 即答だった。アカツキはちょっと項垂れた。ノアは割と真面目な顔でこちらを見ている。
 ――姉も、ああいう顔をしていたな。
 そんなことをぼんやり思い出した。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)