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【短編小説】ヒョウガの贈りもの #4


 ほうれん草のゴマ和え、肉とジャガイモの煮物、カボチャの煮物、サラダ、冷や奴。
 一種の芸術性すら感じるメニューにノアの目が輝く。その一方でヒョウガは落ち着かない様子であった。キッチンに立っている間は頼もしそうに見えた振る舞いもすっかり鳴りを潜めておとなしいものである。
「アマテラスでは肉じゃがって呼ばれてるけど、もともとはソリトスのシチューをアマテラス流にアレンジした料理らしいな」
 お湯で復活したラスターもフォーク片手にそんなウンチクを垂れ流している。
「それじゃあ、いただきます」
 まずはカボチャの煮物から。フォークで滑らかに切れたそれを口に運ぶ。
「…………!」
 口の中にカボチャの甘味が広がる。醤油と砂糖の味付けがさらに味わいに深みを出す。ただ甘いだけではない、わずかな塩味がカボチャに深みを与えている。食感も素晴らしいものだった。水っぽくもなく、かといって口の中の水分を根こそぎ奪っていく類のものでもなく、滑らかで適度にみずみずしい。手が止まらない。おいしい、と言葉を出す時間すら惜しい。が、ヒョウガが不安で泣きそうになっているのを見て慌ててノアは口を開いた。
「ごめん、おいしすぎて何も言えなかった。すごくおいしい。カボチャってこんなにおいしくなるんだね」
「ノア、この豆腐も結構イケるぞ。なんかすげー冷たいけど。なんかすげー冷たいけど」
 ラスターがせわしなくフォークを動かす。ヒョウガは顔を真っ赤にしてうつむいた。いまだに誉められることに慣れていないらしい。
「こ、このくらいの料理ならみんなできるし、オレに限らないし」
「そんなこと、ないよ……もぐもぐ」
「ノア、食べるかしゃべるかどっちかにしてくれ」
 お手製ドレッシングのサラダを食べながら、ラスターはノアをつついた。この中で一番行儀よく食事をしているのがコガラシマル(まだ半分酔っ払っている)という有様である。
 豆腐は醬油とおろしショウガとネギが乗っているだけのシンプルな料理だったが、醤油になにか含まれているのだろう。わずかに海の気配があった。そこにショウガとネギという薬味が味を引き締めにかかる。滑らかな豆腐が清らかな涼しさを口から喉へいざなう。コガラシマルが切った豆腐だからなのだろうか。
「待ってほんとに全部美味い、マジで侮ってた」
 ラスターが勝手にアマテラス酒を開封して、グラスに注いでいる。コガラシマルから羨望の視線が向けられているが、ラスターはそれを完全に黙殺した。
「侮りはしなかったけれど、美味しい……俺がひたすらすりつぶしてたゴマがこんな料理になるなんて……」
 ゴマ和えも素晴らしい出来だった。ノアが味見したときには主張の強かった味が、ほうれん草を和えた分だけ見事に和らいでいる。ゴマの香りが鼻を抜けていくのも、砂糖と醤油が織りなした味のバランスもノアの好みであった。そもそもすべてが素晴らしい体験だった。アマテラス料理を食べたのはこれが初めてではないが、ここまで美味いとは思っていなかった。コガラシマルが自慢げにする理由も分かる。
「肉じゃがもおいしい。味に深みが……うーん、だめだな、何を言っても安っぽい表現になってしまう。もっと、こう……」
「ノア! アマテラス酒美味いぞ、これはヘベレケマルが飲みたがる理由がめっちゃわかる」
 ノアが肉じゃがの味についてあれこれ表現を考えている最中、ラスターはひょいひょい酒を飲んでいた。顔が赤くなっているが、これはラスターの体質だ。酒を飲むと顔がすぐに赤くなるが、実際は結構強い方。酔っぱらって見えるだけ、である。
 しかし今回はしっかり酔っているらしい。
「誰がへべれけだ! 某はもうシラフだ!」
「ラスター、もっと呑みたい気持ちは分かるけどコガラシマルがかわいそうだからあとにしよう」
「明日のお楽しみ、ってこと?」
 コガラシマルが「やったー」と言ったのが聞こえたが、あえて知らないふりをした。
「サラダのドレッシングだったら俺も作れるかな?」
「え? う、うん。材料混ぜるだけだし簡単だと思う」
「本当? あとでレシピ教えてくれる?」
「いいよ」
 ふと、ノアはヒョウガがほとんど料理に手を付けていないことに気が付いた。
「……ヒョウガくんは食べた? 食欲ない?」
「え、ち、違う!」
 あわあわと否定するヒョウガは、やはり顔を真っ赤にしたままぽつぽつとつぶやいた。
「……なんか、思ってた以上に褒められて、びっくりしてる」
「だって実際に美味しいから」
 ノアはそれとなく肉じゃがを勧めた。ヒョウガは無言でそれを食べた。
「どう?」
「おいしい」
「でしょ?」
 ……やっぱり、コガラシマルが自慢げにするのも無理はないな、とノアは思った。
 ふとラスターの方に目をやると、コガラシマルと真剣なジャンケン勝負をしている。大方酒でも賭けているのだろう。しかしラスターはこういった勝負事が得意、というよりイカサマが得意だ。現にジャンケンの手を若干、本当に若干遅らせて出すことによって連勝している。
「お酒、貯蔵庫にしまっておいた方がいいかな」
「……捨てる方がいいかも」
「それはちょっともったいないよ」
 ラスターがゲラゲラ笑った隙を逃さず、ノアは魔術を発動させる。へべれけ二人組を身体拘束魔術で締め上げてから、ゆっくりとアマテラス酒を回収した。酒を取り上げればあっという間に大人しくなる。あとはひたすらヒョウガの料理に対して「おいしい」を連発するだけ。
「ところでノア、ちょっと相談したいんだけど」
 ラスターがかぼちゃをつつきながら口を開いた。
「どこぞのへべれけ精霊の魔力のせいで、客間が世紀末冷蔵室になってるんだよ」
 これには、流石のノアも沈黙した。その沈黙の間にノアは肉じゃがを結構な量食べていたが。
「……食べてから考えるよ」
「りょーかい」
 その近くでは、ヒョウガがコガラシマルを小突いていた。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)