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【短編小説】私たちは一人で足りる

「私が感想を送るとドージン作家はみんな筆折るんだよねー」
 アイスコーヒーをストローでくるくるかき混ぜながら愚痴を吐くリカコに私は「そうなんだ」と返した。彼女は小学校からの同級生なのだが、感性はかなり変わっている。「ごんぎつね」の感想に「自業自得」と綴り、「走れメロス」の感想には「自己陶酔」と綴ったような友人だ。
 ただ、私は彼女の感性を嫌いになれなかった。実際、兵十は一度イワシ屋にぶん殴られてるし、メロスも道中鼻歌を歌いながら歩くシーンがある。彼女の言い分にも確かに一理あるのだ。
「なんでもいいからカンソーくださいって言うからさ、丁寧に送ったらこの有様だよ」
「どんな話に何て送ったの?」
「ビーエルなんだけどさ、受けが風邪引いてんのに攻めが受けとのセックスに持ち込むの」
 彼女は声を潜めて、とりわけ「セックス」の箇所だけはほぼ唇の動きだけで説明をする。尤も、真昼のスターバックスでこんな言葉をけろっと口にできる時点で彼女は相当なのだが。
 彼女の読んだ小説は、風邪を引いた受けと攻めがお楽しみしたあと、攻めに風邪が移る。「もっかいヤれば治るよ!」と言い放つ攻めに呆れた受けはそのまま第二ラウンド……という話で、それらしいワードをピクシブの検索窓へ入れるとその小説はすぐにヒットした。
「だから無神経な攻めに対して受けが健気でよかった、って書いたの。そしたら次の日にはTwitterでお気持ち表明、アタシはアンチ。あっちは信者によしよしされてご機嫌」
 ははーん、と私は納得した。受けチャンかわいい、というタグコメントはしっかりロックされている。
「作者が書きたかったことはそこじゃないからね」
「ああ、それを読み解けと」
 めんどくさいなぁと彼女は呟いた。私はその作者の他のBL小説を流し読みする。あまり面白くはないが長寿ジャンルの二次創作だけあって一定のファンはいるようだ。
「だったら『なんでもいいから』って書かなきゃいいのにね」
「でもリカコの感想、私は好きだよ。自分でも意識してなかった箇所を教えてくれるから」
「そうなの? 変わってるね」
 ずぞぞー、と音を立てながらアイスコーヒーを飲み干すリカコに私は苦笑した。
「だったらこれからは私のためだけに感想を書いてよ」
 氷がカランと音を立てた。今度はリカコが苦笑する番だった。
「専属ライター?」
「そういうこと」
「報酬は?」
「リカコの自カプの小説とかどう?」
 私の提案にリカコは首を少し傾げて、アイスコーヒーのフタを外した。彼女は氷まで食べるタイプなので、スタバにはもう少し長居することになりそうだ。
「アタシねー、アンタの書く話なら何でも好きだよ?」
 リカコの口へ落ちていく氷を、私はぼんやりと眺めていた。咀嚼され砕けていく透明な塊は私たちの書く文章とどこか相似していて、通りかかる人たちが氷を囓るリカコを奇異の目で見てくる様も、私たちが生きている世界を凝縮したかのような既視感を孕んでいた。私も手元の氷を囓ってみた。アイスコーヒーはとっくになくなっていた。私の口の中でキシ、と音が鳴る。氷のヒビは囁くのだという知見を得ながら、私たちはボリボリと氷を囓り続けていた。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)