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【短編小説】丁度捨て時

「これ、すごいでしょ?」
 交際三ヶ月の彼女、桃花が嬉々として見せてきたのは一冊の雑誌だった。そこには「大流行!ミニマリストのくらし大全」という文字がゴシック体で印刷されている。
 たけしは少しうんざりしながら、桃花の手渡してきた雑誌をぱらぱらと捲る。ものの処分方法や収納のハウツーには参考になる情報も掲載されていたが、彼女がいいたいことはそこではないのだろう。
「ね? こういう考え方も悪くはないでしょ」
「うーん……でも、俺はいいかなぁ」
 武がページをめくった先には、「注意! 捨ててよいのは自分のものだけ。同居する家族のものに手をつけるのは×。共有物はしっかり相談してから処分するかどうかを決めましょう!」と書いてあった。
「どう?」
  武の傍でソファーが軋んだ。桃花が腰掛けたのだ。まだ買って二ヶ月も経っていない新品のソファーはギシリと景気のいい音を立てる。
 こちらを見つめる彼女の目には僅かな不安が燻っていたので、
「いらない」
 ――武は、それを粉々に砕いた。
 雑誌を床に投げ捨て、桃花の腕を引く。そのままアパートの外まで彼女を引きずり出して、「別れよう」と言った。
「もう無理。あれこれ口出しされてもうウンザリだ」
 武は、たたみかけるようにしてパンプスを投げる。アパートのドアを閉めて鍵をかけると、外から桃花の怒鳴り声が聞こえた。
「こっちこそ、アンタみたいな男お断りよ!」
 武はそれを黙殺し、部屋へと戻る。ズボンのポケットに入れていたスマートフォンが震えたので取り出すと「アンタが捨てた私のぬいぐるみとマグカップ、返してよね!?」というLINEが来ていた。武は桃花をブロックした。
 少し広くなって快適・・になった部屋へと足を踏み入れる。
 床に桃花の持ってきた雑誌が置いてあるのを見て、武は慌ててそれを拾い上げた。ゴミを捨てない女だということは知っていたが、まさかゴミを持ち込んで来るとまでは思わなかった。
 ため息をついたところで、ふと、ソファーに意識が向く。
 丁度この巨大な家具も鬱陶しくなってきた頃だ。カノジョもソファーも、断捨離に丁度いい時期だったといえるだろう。ぬいぐるみとマグカップがどうのこうの、と言っていたが一万円を渡せば済むはずだ。予定外の出費だが、手切れ金と勉強代と考えればいい。
 武はスマホを操作して、粗大ゴミ回収の電話を始めた。その後、近所のスーパーで回収シールを購入した彼は、一切躊躇うことなくそれをソファーに貼り付けた。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)