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【短編小説】斬釘截鉄 #3

 指でカウンターテーブルを叩く。髑髏の円舞ワルツでコバルトは文字通り頭を抱えていた。失踪事件の被害者となった情報屋たちを探しているのだが、何かの間違いではと言いたくなるレベルで手がかりがでてこない。まるで本当に消えてしまったかのように。情報屋だけなら地区の抗争に巻き込まれたという言い訳が立つが、商業都市アルシュの魔術師やギルドの傭兵に関してはそれもあり得ない。全員「次の依頼に向けて、英気を養っていた」ところで――つまり、「商業都市アルシュで」行方不明になっている。
 指の動きが、ぴたりと止まる。コバルトは喉をぐう、と鳴らした。時刻は既に昼を回っている。時間だけが徒に過ぎている。
 たんたんたんたん、と小刻みに聞こえてきた音が急に止まったので、店主が声をかけてきた。
「何か分かったか?」
「……下らん妄想だとは思うが、あまりにも辻褄が合う」
 細長く巻かれた紙――魔物のカラスを用いた手紙に使うためのもの――を取り出し、コバルトは店主に分かるように説明した。
「一人目、商業都市アルシュを拠点に活動する魔物退治屋。攻撃魔術が得意な生粋の魔術師。二人目、こいつも商業都市アルシュを拠点に活動する魔物退治屋。攻撃魔術が以下略。三人目、こいつも魔術師だ。後衛からの援護射撃で戦闘をサポートしている。四人目。こいつは地区のごろつきだな。馬鹿デカい斧を振り回してよく戦ってるやつだ」
「それがどうした」
 この調子の説明が二十人分続くのが耐えられなくなったらしい。店主はキリのよさそうなところでコバルトのセリフを遮り、彼のためのお冷を差し出しながら皮肉を投げた。
「まるでドラゴン退治にでも出かけるかのような説明じゃないか」
「それだよ」
 今度はコバルトが、店主の説明を遮った。
「近接戦闘を得意とする情報や含めた前衛が十人、魔術師や遠距離狙撃が得意な連中含めた後衛が六人だ。残りの四人は攻撃魔術ではなく補助の、身体強化だとかああいう類のものが専門の魔術師や鍵開け要員の情報屋だ」
「偶然じゃないのか?」
「行方不明になった順番が生々しいね。前衛が足りないと勘づいたらしく途中で一気に前衛が行方不明になっている」
 へぇ、と言って店主は玉ねぎを袋にしまった。コバルトは出されたお冷を一気に飲み干してから、再びテーブルを指で叩いた。
「だが、この軍には足りない役職がある」
「足りない役職?」
 コバルトは窓を開けた。待ってました、と言わんばかりにカラスの魔物――ネロが滑り込んでくる。
「治癒の魔術師……つまり医者だ」
 コバルトが走り書きのメモをネロの足に括り付けると、ネロは青空めがけて即座に飛び立った。
「どこに手紙を? ギルドか?」
「ラスターだ」コバルトは鼻を鳴らした。
「ギルド連中は、かわいいかわいいカラスの魔物を寄ってたかってボコボコにぶん殴る野蛮人しかいないからね」
 そのとき、髑髏の円舞のベルが鳴った。来客に対し「いらっしゃい」と言った店主を無視して飛び込んできたのは女情報屋だった。随分と余裕のない彼女に、店主もコバルトも身構える。
「どうした? 常に気取ってるお前さんらしくない慌てぶりだね、シエナ」
「二十一人目だ!」
 シエナと呼ばれた女情報屋は、コバルトの挑発を無視して叫んだ。それだけで彼女の言わんとすることが分かる。二十一人目。行方不明者が一人増えた。そういう意味だ。
「……そいつは医者か?」
 シエナは目を丸くしてコバルトを見た。
「もう聞いていたのかい?」
「そういう推測をしていたところだ」
 コバルトは忌々し気な顔をした。「それで、誰だ?」
「アングイス」
「…………」
 あからさまに硬直するコバルトを見て、シエナは少し驚いた顔をしていた。すかさず店主が「恩義があるからな」と補足を投げたが、
「医者枠にアングイスを起用する時点で、犯人は地区のやつじゃないのが確定したね」
 当のコバルトは、直球な失礼発言(事実)を吐いた。
「確かに」
 シエナが同調した。店主は「はぁ、」とわざとらしいため息をついた。
 アングイスは医者だ。が、彼女の治療は筆舌に尽くしがたい苦痛を伴う。というのも、地区には荒くれ者が多いので、やさしい治療をしていたら仕事が延々と増えるだけなのだ。「治療が痛いのは嫌だから、ケガをしないようにしよう」という心がけをしてもらうための措置らしい。その気になれば苦痛を感じない治療もできるのに、彼女は人を苦しめる治療を積極的に推し進めるのだからたちが悪い。
 それでも、地区にとっては貴重な医者だ。特に魔術を扱えるのはありがたい。
 ふう、とため息が出る。こりゃ早く見つけないと手遅れになってしまう。影が降りる。窓の外で、何かが光を遮った。
 コバルトの目が驚愕に開かれた。
 先ほど手紙を渡しに向かったはずのネロの姿がそこにある。
「どうしたんだ?」
 シエナが首をかしげる。「ラスターのヤツがどこにいったか分からなくなったのか?」
「違う」
 コバルトはネロの足から丁寧に手紙を外した。焦燥に任せて雑に扱えば、手紙の破損やネロのケガに繋がる。
 自然に舌打ちが出る。クソッタレ、という悪態は吐かずに済んだ。
「二十二人目も出た、だがおかげで犯人の目星がついた」
「本当か?」
「ああ。……まずラスターと合流する。それから奴を探し出すぞ」
「なるほどね」
 シエナはテーブルにあったウイスキーを一杯飲んだ。
「だからラスターが慌ててるってことね」
「アイツも学習しないから困ったものさ」
 コバルトは喉をぐうぐう鳴らした。
「そりゃあ、大事な相棒が消えちまったってなったら慌てもするし怒りもするだろうよ」
 コバルトは鼻を鳴らした。あまりにもシンプルな嘲笑だ。その態度に呆れた様子のシエナが、やれやれと言った様子で首を横に振った。
「……あんたは、人を愛したことがないのかい?」
「あるさ」コバルトは肩をすくめた。
「大昔のことで、とうに忘れちまったけどね」


 ギルドが日に日に殺気立つ。本来「依頼先で動けなくなった魔物退治屋たちを救助する」のが役目であるアカツキたち緊急救助隊は、直接的になんらかの問題には関わらない。しかし商業都市で発生している行方不明事件にはがっつりかり出されている。魔力を探知したり聞き込みをしたところで、何の手がかりも得られない。それもそうだ。そもそもプロの情報屋たちが走り回っても全く進展しない事件を、素人のアカツキが動いたところで……。
「犯人捜しか?」
 七人目の行方不明者と最後に会ったとされる女から散々怒鳴られた(「これで聞き込みは三十回目、もうウンザリ!」)ところで、頭上から声が降りる。
 屋根の上からラスターが飛び降りてきた。
「え、まぁ、そうなんだけど……どうしたんだ?」
「端的に要件だけ」
 そう言うと、ラスターはアカツキに身体を押しつけてきた。耳元に吐息がかかる。しかし彼の声はその分ハッキリと聞こえた。
 内容が内容なだけに衝撃も大きい。アングイスと(ラスターから「知り合いだったのか」と言われた)、ノアが。そしてノアに関しては二日酔いになっているかもしれないシラヌイを心配して様子を見に向かった途中、若しくは先で、帰りで消えている。
 アカツキははっとして、少し狼狽えながら答えた。
「俺は会ってない」
「分かってる。あんたには無理だ。夜中に行方不明になった奴がいる。あんたにはできない」
「……シラヌイが、やったのか?」
「分からんが可能性が高い」
「これからどうなるんだ?」
「情報屋たちが動く。誰がやったか分かれば後はどうにでもなる。あんたも気をつけろよ」
 ラスターはそう言って、足早に路地裏の方へ消えていった。随分と細い道だが、ラスターの姿はもうどこにもなかった。
「…………」
 シラヌイを見つけたらラスターの所にまでしょっ引けばよいのだろうか。それよりも……。
「よお、いねむりアカツキ」
 シラヌイがニヤニヤと笑いながらこちらにやってきたので、アカツキは少し驚いた。ラスターとはすれ違いという形になったようだ。頬のケガが消えている。誰かに治してもらったのだろうか。
「何だ? 宿代か?」
 その“誰か”は現状の情報を考えれば、一人しかいないわけだが。
「いや、そういうわけじゃあないんだが。改めて答えを聞いておきたいだけだ」
「悪いけど、ちょっと後にしてもらえるか?」
 視線が、既に集まっている。シラヌイはきっと他人の存在に気づいていない。
「今、仕事中なんだよ」
「仕事?」
「ギルドの仕事。商業都市で行方不明者が出ているんだ」
「…………」
 アカツキは空を見た。太陽は今日も変わらずに昇り、そして沈む準備を始めている。
「ふむ。つまりお前はずっとこの異国で暮らすつもりなんだな?」
「それは……」
 違う、と言うはずの唇が途中で止まる。その様子がシラヌイには「決めあぐねている」ように見えたらしい。
「何を恐れている、俺には秘策があるのだ」
「秘策って何だ?」
「それは教えられない。お前が来ると言わない限りは」
 アカツキは口を閉ざした。何と言えばいいのかが分からなかった。そこにシラヌイが大きなため息をつく。
「一体何に怯えているのだ、お前は!」
 馬鹿でかい声が地区に響く。ラスターに聞こえていないかなぁ、とアカツキはのんきなことを考えた。肩を強く掴まれる。
「聞いたぞ! お前は本当は島に戻り、精霊族のために戦いたいと願っていたと! この腑抜けがっ! このシラヌイが共に行くと言っているのに、お前は何をウジウジウジウジ悩んでいるというのだ、たわけ!」
 指が、食い込む。痛みに顔が歪みそうになるのを堪える。
「アカツキ、しっかりしろ! お前が島を、精霊自治区を取り戻すのだ」
 脳天が貫かれる。ガンガンと頭蓋を殴られる。魔力の気配がある。シラヌイのものだ。
「それとも忘れたか? あの卑劣なアマテラス人たちが我々に何をしたのかを!」
 空間が、歪む。霧が立ちこめる。地区の雑多な建物がしろばんで、徐々に徐々に見えなくなっていく。シラヌイの言葉だけが聞こえる。まるでそれが絶対的に正しいかのようにして、アカツキの心を悪く震わせる。
「そう、だな」
 いよいよ力ない声で、アカツキは答えた。
「行くよ。島に」
 シラヌイの顔が歪む。笑っているのだ。
「一緒に戦おう、シラヌイ」
 そうかそうか、とシラヌイは笑った。そして、アカツキの背中を強く叩いた。アカツキは何も言わなかった。代わりに拳を強く握りしめていた。


 

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)