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【短編小説】ヒョウガの贈りもの #2

 ↓こちらの続きです。


「ねぇ坊や、どうしてこんな場所にいるの?」
「ここがどこだかわかる?」
「何も知らずにたどり着いちゃうなんて、イケない子」
 服装を見れば娼婦のレベルがある程度わかるが、彼女たちはあまりよくない女だった。まだ「少年」と言っていい子供相手に営業トークを仕掛けている時点でそれが分かる。いつものラスターなら半ば呆れかえって、適当な嘘でも並べながらヒョウガを回収しているところなのだが今回ばかりは下手な手を打てない。
 絶対零度の冬が、ある。憤怒に顔が歪んでいる。
 精霊ってみんなこうなのだろうか、とラスターは思った。
「ねぇ、よかったらちょっとつきあって? お姉さんがいろいろ教えてあげる」
「あ、あの……オレ、用事が、その」
 女に対して、どころか愛情そのものに免疫のないヒョウガは手を握られただけで意識が蒸発しそうになっている。調子に乗った一人が胸元をはだけて、乳房をヒョウガの体に押し付け始めた。のと同時に、コガラシマルが愛刀に手をかけた。ラスターは光よりも早い動きで、女とヒョウガのもとに近づいた。作戦がどうこう言ってる場合ではない。ラスターが動かなければここで女の死体を複数見かける羽目になる。
「なんだここにいたのかー。探したぞ?」
 女たちはラスターを警戒した。ヒョウガはもう泣きそうになっている。それもそうだ。得体のしれないエリアに迷い込んだ挙句、話を聞かない痴女どもからセクハラを受けているのだから。
「ちょっとお兄さん。順番守ってよ」
「あたしたちはこの坊やと遊んでいるところなの」
「その肝心の坊やを助けに来たんですよ」
 ヒョウガが頷いている。はよ助けてくれと言わんばかりに頷いている。
「えー、どうしようかなぁ」
「じゃあ、ちょっと勝負しましょう」
 建物から出てきた女が酒瓶を持っている。面倒なことになった。飲み比べ勝負で取り合いというわけか。ラスターは酒が強い方ではあるが、勝負で勝てるかどうかとなると話が変わる。
「ほう、飲み比べで勝負というわけか」
 ……先ほどから猛烈な風で怒りを露わにしている精霊が話に入ってきたので、露骨に話が進んだが。
「あら、お兄さんも坊や目当て?」
「意外とモテるのね」
 ヒョウガが「たすけて……」とうめく。ラスターはコガラシマルの傍に寄り、女共に聞こえないように囁いた。
「あんた、飲み比べ得意なの?」
「得意も何も、勝負をしたこと自体がないが……そうするしかないのだろう?」
 ラスターが一声OKを出せば女どもを切り捨てる気満々と言わんばかりの精霊に、ラスターは何もかもをあきらめた。ひょっとすれば二人がかりなら飲み比べで勝てるかもしれない。一縷の望みをかけて、ラスターは戦場に立つ決意を固めた。
 ……というのは、結局徒労であった。
 ウイスキーのボトルが、どん、とテーブルに置かれる。ソファーには酔いつぶれた女が四人人転がっている。ラスターはシラフだ。一滴たりとも飲んでいない。
「さあ、次はそなたの番だ。どうした? 飲めぬのか?」
 相当な量の飲酒をかましたコガラシマルはだいぶ出来上がってはいたものの、飲み慣れているはずの女を四人下して見事に連勝。今五人目もつぶれたところだ。六人目が怯えながらテーブルに着いた。気持ちは分かる。相当な化け物だ、とラスターだって思っている。
「コガラシマル、お酒強いから……」
 と、ほっとした様子のヒョウガだけが異様に浮いている。普通の人間があれだけの酒を飲んでいたら急性アルコール中毒でとっくに治癒の魔術か何かの世話になっているはずだ。
「酒が強いって言っても限度があるだろ」
「オレ、お酒飲んだことないから分からなかった」
「あんたの中ではアレが基準だったってこと?」
「……うん」
 ラスターは倒れそうになった。少しふらつきはしたかもしれない。そんな会話が繰り広げられているとはつゆ知らず、コガラシマルは再びグラスの中のウイスキーを一気に飲み干した。
「アマテラス酒以外の酒を飲む機会はそうなかったが、思っていたよりは飲みやすいものだな」
 ラスターは思わず足元に転がっていたウイスキーのボトルを拾い上げた。アルコール度数の欄に「35」という数字が書かれている。思わず二度見。そしてもう一度周囲の惨状を見る。コガラシマルと女六人が開けたボトルは五本。死ぬ。肝臓が死ぬ。
 文字通り「涼しい顔」でコップを空にした冬の精霊。六人目の女がグラスにウイスキーを注ぎ、同じようにしてコップを空にした。再びコガラシマルも同じようにして酒を飲もうとするも、中からは雫がポタリ。空になってしまったらしい。露骨に安堵の表情を浮かべた女のすぐわきを、強烈な風が通る。
 戸棚の扉が、開かれる。
 中身はワイン、テキーラ、そしてアマテラス酒。ラベルに純米大吟醸と書かれているということは、結構いいアマテラス酒のはずだ。
「ほう。先ほどから同じ種類の酒ばかりで飽きを覚えていたところよ。しかし、まぁ、随分と品ぞろえがよいではないか。ふむ……実に迷う。ワインは先日飲んだばかり故……このテキーラというのが気になるが、まぁ何事も試してみるのが一番だ」
「いや一番度数高いだろ、全然よくないだろ」
 ラスターのツッコミを聞こうとすらしないコガラシマルは、鋭利な風を瓶の注ぎ口付近にあてた。少しの静寂ののち、ゆっくりと注ぎ口の上部がずれていき……ごとり、と重たい音を立てて落ちる。普通に開けろよ、というツッコミをする気力は今のラスターにはなかった。
「いやはや、長らく待たせてしまったな。早速再開しよう」
 とくとく、と景気のいい音を立てながらテキーラがグラスに満ちていく。それを勢いよく飲み干したコガラシマルが平然としているのを見て、ラスターの頭の中で「化け物」の文字が躍る。プレメ村を冬に閉ざしたとか、ティニアモドキを大量に枯らしたとか、そういった事例がすべて些細に思えるレベルだ。
 六人目が潰れるのにさほど時間はかからなかった。すべて終わった後、ラスターはテキーラの度数を確認した。一口にテキーラと言ってもその度数は様々だが、今回のテキーラは度数四十七パーセント。もう何も言えなかった。
「約束通りヒョウガ殿は某がもらっていく!」
 もう完全に出来上がっているコガラシマルがヒョウガに近づく。ヒョウガが飛び上がった。それもそうだ。
「ちょっと待ってコガラシマル! お前風ごと酒臭いんだけど!」
 あれだけ飲んだら、当然の結果である。
「しょーりのくんしょーというものだ、わはは」
 動いたせいで余計に酔いが回ったのだろう。そもそもあれだけのアルコールを飲み干していて理性を保っている方が無理な話だ。
「コガラシマル、あんた水を飲んだ方がいい。少し休んでから出発するぞ」
「それがしはもんだいない」
 ラスターは即座にヒョウガにアイコンタクトを飛ばした。どちらかというと鈍感なヒョウガもこの時ばかりは頭がうまく働いた。
「オレはちょっと休憩したいなー。水も飲みたいなー」
 そう。コガラシマルは、ヒョウガの言うことなら大抵何でも聞いてくれる。
「ひょうがどのがいうのなら!」
 ラスターの頭の中で「チョロい」という文字がタップダンスを踊り始めた。精霊は人の姿を取っていても、どこかで体の構造やら仕組みやらが違うのかもしれない。だから、あれだけの酒を飲んでも問題はないのだろう。そうに違いない。そうだと思いたい。

「おかえ、り……」
 ノアが呆けるのも無理はない。ラスターが食材や調味料を、ヒョウガがコガラシマルを担いで戻ってきたのだから。
 あの後、コガラシマルは休憩のおかげでなんとか平常状態に戻った。とはいえ完全復活までには至らず、そこそこおとなしくなりリバース(婉曲表現)の恐れがなくなったので運んできたというわけだ。
「……外で飲んできたの?」
「ちょっといろいろあったんだよ、な?」
 ラスターがうまく持ち直そうとする。ノアは目をぱちぱちさせながら、コガラシマルの様子を見た。
「……二階の部屋、空いてるから使っていいよ」
「かたじけない……」
 死にかけの虫のような声が戻ってくる。ラスターは魔力抵抗薬を飲んだ。こうすれば冬の魔力の影響を受けにくくなる。
「ヒョウガは料理始めてなよ。俺がこのへべれけ精霊運んでおくから」
「誰がへべれけ精霊だー」
「あんただよ。水と米の加護を受けて酒を司る精霊」
 ちがうーという声がうめきの中に埋もれている。ノアはヒョウガをキッチンに案内することにした。調理器具は一応それなりにそろっているが、使っているかいないかについては物による。
「ここにあるものは好きに使っていいからね」
「すごい……。普段から料理してるのか?」
「全然。たまにちょっと豆を煮たりはするけど」
 ヒョウガは足元の棚から包丁を取り出した。刃の部分を指にあてて、切れ味を確認している。
「きれいに研がれてる」
「ラスターが定期的にやってくれるんだ」
 ヒョウガの顔がキラキラと輝いていく。彼は本当に料理が好きなのだな、とノアは思った。

 一方そのころ、ラスターはコガラシマルをベッドに放り投げていた。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)