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【短編小説】斬釘截鉄 #4

 そういうものだろうなと思っていた。もう材料は十分に揃っていた。何も驚くようなことはなく、何も恐れるものはなかった。
 海辺の何の変哲もない倉庫には認識阻害の魔術が複雑に展開されていた。どんなに優れた魔術師でもこれを看破するのには難儀するはずだ。アカツキが納得している先で、シラヌイはそこの扉を開けた。
 小さな窓から僅かに日の光が注がれている。ただの倉庫だ。
 問題は、そこに人間が眠っているというくらいで。
 知らない顔が殆ど。みんな等しく眠っている。アカツキは眠る人々の中に見知った顔を二つ見た。そうしてから床を見た。術式が刻まれている。転移の魔術だ。
 どこに、なんて聞くだけ野暮だろう。
「確かに、ただ日輪島に乗り込むだけでは勝機が薄い」
 シラヌイが扉を閉めながら、丁寧に説明をしてくれる。
「だったら戦力を増やせばいい。商業都市には人が集まる。よい傭兵や魔術師がいる。二十人ほどで足りるとは思わんが最低限はそろえた。あとはこれで日輪島に転移してこいつらとともに戦えばいい」
 シラヌイはそこまで言って、ガハガハ笑った。
「本当はもっとほしかったんだが、二十二人目を連れてきた時点でいよいよバレそうになってな。まぁ仕方がない」
「…………」
 アカツキは、眠る二人の顔を見た。アングイスは何か寝言を呟いている一方で、ノアは大人しい。
 人の寝顔というのは、こういう風にして見るものらしい。アカツキは試しに指先でアングイスの髪に触れてみる。起きない。それでも髪は熱を持ち、ふわふわと命の欠片を宿した気配を持つ。
「さあ、転移の魔術を展開するぞ。手伝え、いねむりアカツキ」
 シラヌイの指示に対して、アカツキは黙って錫杖を取り出した。先端の宝石が魔力で赤く輝く。魔力が高まったそのとき、シラヌイも巨大な金棒を取り出す。
 アカツキが放った魔力は火球となり、シラヌイの方にすっ飛んでいった。
「!」
 即座に火球を叩き潰したシラヌイの顔が歪む。怒っても笑っても似たような顔になるんだな、とアカツキはそんなことを思った。
「どういうつもりだ?」
「おれはさ、」
 魔力が踊る。炎が揺らめき、火の粉が舞う。熱がある。生命の源に輝く光が、アカツキの周囲で形を作る。
「ねーちゃんに危ない目に遭ってほしくなかったんだよ。だから戦いに向かった。……結果的に上手くいかなかったけどな」
 効果があるかは別として、アカツキは火球を放つ。我ながらワンパターンな攻撃だ。それでも牽制にはなる。
「いねむりアカツキ、もう少し分かりやすく言えよ? いちいちまだるっこしいんだよ、てめぇはよぉ!」
「じゃあ分かりやすく言ってやるよ」
 錫杖を構える。シラヌイがどう動いてもいいように。どこから攻撃が飛んできてもいいように。
「おれは精霊自治区には戻らない」
 待機していた炎が一斉にシラヌイ目がけて牙を剥く。
「だって、おれは、ねーちゃんを守りたかったんだ、自治区じゃなくて。最初から、ずっと」
 暴力的な魔術がたたみかけてくるのに対し、シラヌイは己の腕力ひとつでそれをねじ伏せる。
「だからお前とは一緒に行けない、いや、それどころじゃないな……ここに居る奴ら全員返してもらうぞ!」
「計画の邪魔さえするか、いねむりアカツキ!」
 歯をガチガチ言わせたシラヌイの金棒から白い霧が現れる。魔力でできたそれが具体的にどのように作用するのかを知っているのはここに一人しか居ないはずだ。が、
「その魔力の霧……幻術の類いかと思うけど、おれには通用しないぞ」
 アカツキの錫杖一振りで、視界は一気に晴れた。
「おれを誰の弟だと思ってんだ、お前は!」
「おおおおおお!」
 魔術が通用しないと分かったらしいシラヌイが距離を詰めてくる。巨大な金棒の一振りを受け止めるのは無謀だ、錫杖が歪むのは目に見えている。アカツキはその場から飛び退く。今さっきまで立っていた所に巨大な金属の塊がめり込んでいる。力の限り振り回すだけで十分にその威力を発揮できる単純な武器だ。一撃でも食らおうものなら骨はお陀仏、下手すりゃ内臓が破裂する。
 障壁魔術を駆使しながら立ち回るアカツキはあっという間に防戦一方。攻撃に転じようにも相手が棒を振り回す方が早い。魔術の展開をする前に相手がこちらの頭蓋骨を割りにかかる。少量の魔力がぽんぽんと飛び、床に落ちるのがやっとだ。
「どうしたァ!? 立派なのは口だけかァ!?」
「何とでも――ッ!」
 動きが鈍る。金棒の先端が鼻先ギリギリを掠める。もう少し距離が近ければ鼻の骨を持っていかれていたかもしれない。心中に嫌な疑問がよぎる。窓の光の色を見た時点で気づかなかったか?
 今、何時かと。
 倉庫に時計はない。ここが海の近くなのは幸いだった。太陽が見える。ほとんど海に隠れて、じりじりとこちらを見つめている。
 シラヌイが哄笑した。
「今更気づいたか! 元よりいねむりアカツキに勝機はない。分かったら大人しく俺と共に来い。なぁに、戦場で眠ったときは俺がきちんと介錯してやるよ」
「……そうだな」
 攻撃魔術になる予定だった魔力が、再び床に落ちた。
 もう太陽は殆ど見えない。アカツキは素直に膝をつく。いきなりぶっ倒れての入眠はいろいろと危険だからだ。
「でも別に、おれが決着をつける必要はないんだ」
 そして、指先で床の魔法陣に触れた。
 魔力を注がれた魔法陣はすぐに白い輝きを得る。転移の魔術が展開されるかと思ったその矢先、シラヌイは顔色を変えて飛び退いた。自分の描いたはずの魔法陣はアカツキの手により、既に別の術式に書き換えられていたのだ。
 巨大な炎が上がる。それはひとつの柱となって、屋根を貫き、空の果て目がけて伸び上がり、夜を裂いた。

 ――商業都市アルシュの小さな港から立ち上った火柱は、商業都市にいる全ての人間を釘付けにした。魔術の実験事故。なんらかの魔物が現れた。様々な憶測が流れる中で、その真意を理解する者が僅かながらにいた。

「ッざけんなァ!」
 眠りについたアカツキの前でシラヌイが吠える。何度も何度も、床に金棒をたたきつける。腹が立ってしょうがない。今目の前でいねむりをこいているヤツのせいで計画がパアだ。自分の魔術の効力は残っているのでさらってきた連中は眠っているものの、肝心の魔法陣が壊されている。これでは折角の戦力を島に連れて行くことができない。
 眠るアカツキの胸倉を掴み、身体を無理矢理に起こす。一発ぶん殴るが起きる気配はない。
「クソッタレ、責任持って魔法陣書きやがれゴミがぁあああ!」
 二発目の拳を入れたときにアカツキの鼻から血が垂れたが、それでも怒りが収まらない。彼の身体を思いっきり床にたたきつけ、二、三度踏みつけたそのとき――。
「そこまでにしてもらえる?」
 耳元で声がした。
 はっとして振り向くと誰も居ない。ただただ静かな宵が広がっている。
「もう逃げ場なんてないんだから」
 再び耳元で声がした。振り向いてもやはり誰もいない。
「あら、そんなに慌てるようなもの?」
 声に笑いが籠もる。完全に人をバカにしているときのものだ。
「幻術で人をさらったくせに、この程度の術も看破できないわけ?」
 思わず舌打ちが出る。即座に魔力を練り、耳元の声の正体を探る。霧が立ちこめる。景色が白く染まる。
「あはは!」
 声の主が笑う。出所が分からない。反響しているのではない。シラヌイは急いで術を解除したが、霧が消えない。術を乗っ取られた? 違う、これは――。
「幻を司る精霊相手に、あんたのおままごとみたいな幻術が通用すると思った?」
 ……シラヌイには、もう「金棒をやたらめったらに振り回す」以外の手段がなかった。しかしこれは普通に悪手である。自分より上位の幻術の使い手がノコノコ近づいてくるわけがない。ただただ体力を浪費した哀れな獲物。

「バッカみたい!」

 つまり、彼女はほんの少しの魔力で、
 夢を見せるだけでよかった。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)