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【短編小説】はやりすたり

「行動しないと何も変わらないと気づいたので、呪いを振りまこうと思います」
 そんなことを言い出したサヨはここいらではまだ新入りの地縛霊だ。他の地域ではどうなのか分からないが、ここいらでは地縛霊が自我を持つまでの時間には個人差がある。この交差点は昔から交通量が多く、交通事故多発地帯ではあったがすぐに地縛霊になる奴もいれば、年単位でかかるやつもいた。
「まずですね、私を撥ね飛ばしたオートバイの運転手宛に不幸の手紙を出します。時間は掛かれど、積もり積もった呪いの念は必ず奴の元へとどどっと舞い戻ることでしょう」
 ニヤニヤ笑いながら便箋と封筒を取り出したサヨに、先輩地縛霊のキララはため息をついた。
「それ、もう流行ってないよ。みんなLINEだもん」
「……えっ?」
 この手紙を十人に……と順調な書き出しを見せたサヨの動きが止まる。
「流行ってない……とは?」
「いやだから……アナログなチェーンメールかスパムだと思われるのが関の山ってこと」
「チェーンメール……?」
 キララは頭を抱えた。
「あんた死んだのいつ?」
 この直球な質問は、生者の皆様方からすればギョッとするような質問だろう。しかし幽霊の間では「誕生日いつ?」と尋ねるに等しい質問だ。
「一九八〇年の三月二十日です」
「今、いつか分かる?」
「えっ……あっ、知りません」
「今はね、二〇二二年の一月十日」
 サヨは目を丸くした。そして「通りで寒いわけですねぇ」と惚けたことを言った。が、すぐに気を取り直すと自分の頬をぺちぺちと叩いた。
「いやっ、そんなことより! 手紙が流行らないとはどういうことですか!?」
「今はもうメールとかLINEですぐに連絡が取れるの。書類だってpdfにしてデータでパパッと送れちゃうんだから」
「つまりもう、今のアベックは手紙のやりとりはしないと……」
「アベックも死語だよ」
 哀れ地縛霊として覚醒するまでに数十年かかったサヨの知識は一九七〇年代で止まっていた。みるみるうちに顔を青くするサヨのことを、キララは面白いなぁと思いながら見ていた。
「だっ、だったらそのLINEとかで不幸の手紙をすればいいんですね! 私は負けませんよ!」
「いや、だからもう不幸の手紙っていうのがもう古いんだってば……」
 キララの言葉はサヨには届いていなかった。サヨはどこからともなく引っ張ってきたスマートフォンを示して、キララに目を輝かせる。
「先輩、私にラインとやらの使い方を教えて下さい」
「別に良いけど、それ上と下が逆だよ」
「ありがとうございます! メッセージの中身は勉強して自力で作りますので、先輩は操作だけ教えて下さい!」
 キララは肩をすくめた。とんでもねぇ新人が来たものだと、ため息をついた。


 深夜二時。
 スマートフォンの震えで目を覚ましてしまった男は、LINEの通知をタップする。そこにはこんなメッセージが届いていた。

 ――これは不幸のメッセージです。
 死にたくなければ今すぐこのメッセージを10人に転送し、近くのコンビニでプリペイドカードを買ってきて番号を教えてください。

 差出人は知らない名前だった。男はブルブル震えて、そうして大声を出した。
「クソスパムが!」


 明朝。
 電柱にもたれかかってぼーっとしていたキララは、先輩先輩、と自分を呼びつけるサヨの声で意識を覚醒させた。
 ぽんこつの後輩は無邪気な顔をして、スマートフォンの画面を指し示しながらこう尋ねた。


「六四天安門って何ですか?」

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)