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【短編小説】自称・優秀な薬師と毒の村 #1

 ノアとラスターはゴブリン退治の依頼を受けてリョセ村にやってきていた。ゴブリン退治は魔物退治依頼の中でも非常にポピュラーなもので、所を変え品を変え報酬を変え様々な依頼が常に並んでいる。その割に対処方法は割と簡単な類。新人魔物退治屋の教育目的として活用されるパターンもあり、その場合は少しお得に依頼を出せる。依頼者としてもメリットがあるのだ。
 しかしこのゴブリンは、どこで学んだのか毒の扱いに長けていた。リョセ村はその毒の被害に遭い、村人の大半が臥せているという惨事に見舞われていた。しかし、運よくこの村には薬師がいた。彼女は多彩な知識で村人の毒を解毒している……というのが、ノアとラスターが聞いていた話である。
「さあ、こちらをお飲みになって。あの忌々しいゴブリン連中の毒によく効きますから」
 そう言って村の自称薬師ニルコ・マイヤーが村人へ手渡したコップの中には、よどんだ緑色の液体が満ちている。嗅覚が鋭いラスターは露骨に鼻をつまんだが、薬師はにっこり笑って「大丈夫ですよ」と言った。
「良薬は口に苦し、という言葉があります。よく効くんですよ」
「こんなもん飲むくらいなら毒死する方がマシだろ」
 ラスターの呟きは誰にも聞こえていなかった。
「退治屋さんたちも、持って行ってください。万が一のことがあったら大変ですから」
 ニルコは大きな水筒をノアに手渡した。患者はコップの中身を一気に飲み干し、口の中に残ったらしい材料の破片を床に吐き捨てている。
「俺たちは大丈夫です、治癒の魔術を扱えますから……」
 さすがのノアも、あの得体の知れない液体を飲む気はないらしかった。しかし、魔術という言葉を聞いた瞬間、ニルコの目の色が変わった。
「魔術! あなた魔術を扱って人の身体を治しているんですか!?」
 ラスターはぼんやりと、「死ぬほどダサいTシャツを着て偽善の人権擁護活動をしている某N氏」のことを思い出していた。
「え、まぁ、そんなに高度な治療はできませんが……」
 ニルコの目がギラりと光る。ノアもいよいよ某N氏のことを思い出した。
「治療魔術の魔力は相手の魔力に作用して半径五キロメートルに悪性電波タナトゥスをばらまくのは常識でしょう? 治癒の魔術を受けた人間はその肉体をタナトゥスに乗っ取られ高度次元外部生命体に都合よく扱われる哀れな傀儡になってしまうのですよ! 治癒の魔術で怪我が治ったというのはあくまで錯覚で本当はタナトゥスとの契約を結んだ影響により身体の制御権を一部失っただけなのです!」
「初耳だ」
 ノアのボヤキにラスターは「そらそうだ」とツッコミを入れた。
「そんな危険な禁術を使うのなんかやめて、この安全なお手製解毒薬を使ってください。お代はいりませんから」
 お代はいらないどころの話ではない。金をもらったとしても受け取りたくない類のものだ。ノアは渋々といった様子で受け取ったが、ニルコは大喜び。ラスターは特に信じているわけではない神に祈りながら、自分の嗅覚の良さを呪った。
 二人は早速、薬師からもらったデカい水筒の中身を見た。淀んだ緑色の液体からは様々な草の匂いがして、器にそそぐととろみがついている。さらに何かの繊維や葉っぱの欠片が混ざっているようだ。ラスターはそこに手を突っ込み、何かを引き上げた。
「何、これ?」
 ノアが眉をひそめた。
「コオロギの足だな」
「…………」
「あら、お詳しいのですね」
 薬師がにこにこと笑っている。ラスターは引きつった愛想笑いを頑張って返した。
「これ、どうやって作るんだ……?」
「まあ、気になりますか? 教えて差し上げます。何も難しいことはありませんから!」
 薬師はあれこれと道具と材料を広げた。様々な形の葉っぱと、虫かごに閉じ込められたコオロギ。そして、ビンにぎちぎちに詰められた何かの幼虫。そして、山芋。
「まず、この薬草をすりつぶします」
 乳鉢にあれこれと草を入れた薬師は、そのまま丁寧にすりつぶし始める。ノアにはあの植物の種類が分からなかったが、多少植物の知識があるラスターは死んだ魚の目をして作業を見つめていた。
「次に、コオロギをちぎります」
 虫かごの中にいたコオロギを二匹掴んだ薬師は、慣れた様子で足をちぎる。ノアは子供の遊びを思い出した。アリを潰したり、トンボの翅をちぎったりして、悶える昆虫を見て笑う。幼さゆえの残虐性を思い出した。
「そして、先ほどつぶした薬草に、こちらの幼虫を入れます」
「なんの幼虫なんだ?」
 ラスターの問いが飛んだ。薬師は笑顔で
「幼虫です」
 と、答えた。
 薬師は匙で幼虫を掬い、山盛り二杯程度入れた。生命の危機を感じたらしいそれらがむくむくと一生懸命に動いて乳鉢の外へ逃げ出そうとする様子がなんだか哀れだ。しかし、薬師は全くためらうことなくそれをすりつぶしていく。さらにコオロギも追加されて、乳鉢の中身はとんでもないことになっていた。
「最後に、すりおろした山芋と混ぜます」
 やっと出てきたまともな食材は、まともじゃないモノと混ぜられて無残な姿になった。ラスターは鼻をつまんでいるし、ノアに関しては目を反らしていた。
「これで、解毒剤の完成です。飲むと口の周りがかゆくなる副作用がありますが、それは山芋が毒を出そうとしてくれている証拠なんですよ」
 ノアが長いため息をついた。ラスターは思わず尋ねた。
「これを村人に飲ませているのか?」
「はい。この薬は本当に強力ですから、見ただけで元気になる方もいらっしゃいますよ」
 ……ラスターは心底、村人に同情した。


 毒を扱うと聞いていた割に、大したことのないゴブリンであった。毒を扱えるのであれば罠に活用するのがよいだろうに、そういったものは一切見つからない。あまりにも普通のゴブリン退治に、ノアもラスターも肩透かしを食らった気分になった。
「これで全部かなぁ」
 ラスターが短剣の先でゴブリンの死骸をつんつんしながら言う。その一方で、ノアは洞窟の奥側にゴブリンの荷物類を見つけた。
「ラスター」
 相方の名前を呼ぶと、彼はすぐにノアの傍にやってきた。無言で箱を示すと、ラスターはピッキング用具を構えながら錠前に向き合う。かちゃかちゃというせわしない音はすぐに止まり、箱の中身が晒される。
 中身は干し草だった。
「薬草だな。魔物の類がよく使うやつだ。人にはあんまり効果がないけど、一時ダイエットにおすすめとか言ってブームになってたことがある」
「……毒ではないんだね?」
「毒ではないな」
 沈黙が下りた。ゴブリンが毒を使うという話だったはずだ。かみ合わない。
「ねぇ、ラスター」
「はい」
「多分、俺たち今おんなじことを考えてると思うんだけど」
「俺も同じことを考えてた」
 再び沈黙が下りた。
「魔物除けして村に戻るか」
「ひとまず、そうしようか」
 ラスターはため息をついた。なんだかひどく疲れていたが、これをあの薬師の前でやらかしたら口にワームをねじ込まれるような気がした。


To be continued


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)