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【超短編小説】有言実行

 小説家の学校で、教授は生徒たちに問いかけた。
「物書きにとって一番大切なものはなんだと思う?」
 チョークで黒板をトントンと叩きながら、教授はぐるりと教室を見渡す。チョークの破片がぱらぱらと落ちたとき、一人の生徒が手を上げた。
 教授に名を呼ばれた生徒は元気よく答えを述べた。
「読み手だと思います。読み手がいなければ、小説は完成しません」
「良い答えだ」教授は微笑んだが、彼の答えは正解ではなかったようだ。
「他にあるかね?」
 教授は、もう一度チョークで黒板を叩いた。
 別の生徒が挙手する。教授は彼女の名を呼んだ。
「想像力です」彼女は少し胸を張って答えた。
 しかし、教授は「悪くない」と言った。
「だが答えに近しい」
 教授は咳払いをして、教室をもう一度見渡した。
「答えは『ものを書ける己そのもの』だ」
 正解に生徒たちはどよめくが、教授の咳払いで喧騒はさっと霧散した。
「読み手も想像力も勿論大切だが、自分が壊れていたらそんなものあったところで意味がない。肉体的に、精神的に、ダメージを受けた人間は創造を困難とする」
 静まりかえった教室に、教授の声は重たく響いた。春の陽気に満ちた外の世界と対照的に、この巨大な部屋は生き物に息苦しさなんかを教えている。
「だから書けない人間は無理に書かなくていい。想像力が生み出したアイディアは紙切れにメモでもしておきなさい。あなた方から創作の原動を奪うものが居たら距離を置きなさい」
 静まりかえった教室に、教授への不信はなかった。
 ここに居る者は、皆教授の言葉を噛み締めていた。
「勿論、この授業も例外ではない。もしもこの授業があなた方の創作の原動を奪うものであるのなら、退席してもらっても構わない」
 だから、教室に居た生徒たちは誰一人として席を立たなかった。一部の生徒はハンカチで目元を抑える始末であった。


 しばしの沈黙の後、教授は部屋を後にした。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)