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【短編小説】同じ穴の

~この小説を読む前に~
 ※この小説には「猫に意図的に酷いことをしている」「猫が酷い目に遭う」表現が混ざっています。猫好きの方はご注意ください
 ※この小説は、動物虐待やそれに準ずる行為を推奨するものではありません


   同じ穴の

 最初に謝らねばならない。
 申し訳ない。
 が、私――桜田ユリは猫が嫌いだ。
 苦手というレベルを通り越して嫌いだ。できれば目に入れたくもないので動物の写真を集めているSNSアカウントは全部ブロックしている。
 以前友人に「猫が嫌い」と言わねばならない場面に出くわしたのだが酷いものだった。友人は私のことをまるで殺人鬼のような目で見て、あり得ないと吐き捨てた。私は確かに猫が嫌いだが、虐待しようとも思わないし、勿論殺してやりたいとも思わない。猫嫌いは猫嫌いなりに猫と関わらないよう工夫している。エビアレルギー持ちの人がエビ入りのお菓子を食べないようにするのと同じく。
「こういうの見ても可愛いと思わないの!?」
 友人は私に様々な猫の画像を見せてくるが、私にとっては地獄でしかなかった。しかし、そのうちの一枚に私の興味を引くものがあった。
「これ、何?」
 その写真は、おすわりをしている猫が俯いている写真であった。首からぶら下がっているカードには、

 わたしは、おねえちゃんの
 だいじにしている
 にんぎょうをボロボロにしました

と書かれていた。
「あ、これぇ? かわいいよねー。こむぎちゃん。YouTubeに動画上がってるからユリも見てみて!」
 友人は先程私を殺人鬼扱いしたことをケロッと忘れてそんなことを言った。
 ――私は今後、人付き合いというものを考えなければならないかもしれない。

 私は友人の勧め通りに、猫のこむぎとやらの動画を見てみた。
 猫のこむぎちゃんねる! という名前のYouTubeチャンネルの動画一覧には、確かにこむぎの様々な動画があった。

「いたずら大好きこむぎ、ついにテレビを壊して大目玉! 反省しなさーい!」と書かれた概要欄。
「こむぎちゃん、怒られてしょんぼりしてる~! かわいいから許しちゃう」というニュアンスの言葉ばかりが並ぶコメント欄。

 姉の人形を壊したという動画もあった。
 私はこれを見て、猫のこういうところが嫌いなんだよな、という再認識はしなかった。それどころではなかったのだ。雷に撃たれたような衝撃というのはこういうことを言うのだろうか。心臓がバクバクする。カード会社の広告が流れてから、動画本編が始まる。
 動画はこむぎの毛繕いの様子から始まった。綺麗なリビングだ。花が生けられた花瓶もある。ガラステーブルの上には余計な物は出ておらず、ここの家主は本当に綺麗好きなのだなと思った。少しすると、テロップで「大事件が起きちゃいます」なんて出てきた。飼い主の姉が顔面をモザイクにして「どういうこと?」と言っている。床にはどうやらフランス人形……らしきものが散らばっていて、その近くではこむぎが素知らぬ顔をしてそっぽを向いている。
「なんでこむぎがここに居るの!?」
 ――こむぎちゃん、ここのお部屋に入りたかったみたい。と、テロップが答える。飼い主の声が一切入らないところが、また嫌らしいなと思った。
「大事な人形があるから入れないでって言ったじゃん! ねぇ! 聞いてるの!」
 カメラはこむぎをアップにする。
 ――こむぎ知らないニャ。
 と、再びテロップが入った。
 私はこれを見て、確かに覚えた。覚えてしまったのだ。鬱屈した気分を一瞬にして晴らす、穏やかで絶対的な安堵というものを。はあ、と私の口から生温かい吐息が漏れた。

 ――なんだ、猫好きにもあんなに酷いこと・・・・・・・・をするやつがいるんだな、と。

 コメント欄を見る。
 ――こむぎちゃん怒られシリーズ最大のやらかしですね! これはおやつ抜きです!
 ――知らんぷりしてるこむぎちゃん、かわいい!
 ――お姉ちゃん災難でしたね。こむぎちゃんのカワイさに免じて許してあげてね。
 私の高揚は最早手の届かないところにまで到達した。そうでなければLINEで友人に「こむぎちゃんねるみたいな動画上げてるところない?」と聞くことはなかっただろう。友人はすっかり気を良くして、色々な猫動画を教えてくれた。いくつか更新が止まっているチャンネルもあったが、なんてことはない。猫が死んだだけの話である。
 こむぎちゃんねるの動画には本当の猫好きもいて、「こむぎちゃんのためにも安全な環境を作ってあげて下さい」「本当に猫が好きなんですか? 虐待にしか見えません」と飼い主を責めるコメントもあった。しかしそういったコメントは数日すると全て消えてしまうのだ。
 私は自分のことを悪趣味だと思う。前にも言ったが、私は猫を虐待するとか殺害するとかそういった欲望は持っていない。しかし今、私は「猫のこむぎちゃんねる」という、猫の虐待・・動画を見て確かに、確かに喜んでいるのだ。
 猫め、ざまあみろ、と。
 それと同時に、酷く安心しているのだ。
 自分はここまで落ちぶれていないぞ、と。

 猫のこむぎちゃんねるは、あの人形騒動の後、すこし更新を止めた。
 最新動画のサムネイルは、黒い背景に白い文字で「こむぎに関する大事なお知らせ」と書かれていた。私は察した。
 ああ、こむぎは死んだんだな、と。
 動画を開くとまさにその通りであった。それはそうだ、人形とかいう細かいパーツの集まりを壊して、それを誤嚥していない可能性は百ではないのだから。
 ただ、私の予想は外れていた。こむぎは百合中毒で死んだそうだ。そういえば、毛繕いをしているリビングの花瓶には立派な百合の花が生けられていた。猫にとって百合は猛毒らしい。なるほど、それなら桜田ユリわたしが猫を嫌うのも仕方のないことだといえる。

 私は猫のこむぎちゃんねるのチャンネル登録を外した。そして、「猫が好き」の意味が、私にはあまりよく分からなくなった。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)