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【短編小説】賢者の剣 #1

 荒らされた例の酒場に足を運ぶと、やはりコバルトはそこにいた。ラスターはカウンター近くの椅子に腰掛けて、コバルトが銀貨を数える様子を眺めた。月の光に照らされた銀貨は、月と同じように輝く。ちょっと張り切って、本物より眩しく見えることもある。
「拠点変えないのか?」とラスターが問うと、彼は喉をグウグウ鳴らした。
「いい物件が見つかったら考えるさ」
 窓の外で輝く月の様を、コバルトは気に入っていた。呪いを受けて小さな醜男に変貌する前も、この酒場は彼のお気に入りだった。
 ラスターは適当にカウンターからワイングラスを引っ張り出そうとする。割れていたり罅が入っていたりと忙しい。先日来たときに状態がいいやつを割らずにしまっておけばよかったと後悔したところで遅い。
「それで聞きたいことが――」
 ラスターは何も考えずに口を開いたが、しかしすぐに沈黙を下ろす。
 コバルトが身体を強ばらせる。彼も気がついたらしい。
 遠くからヒールの音が響いてきたのを二人の耳は聞き逃さない。ラスターは咄嗟にカウンターの後ろへ身を隠し、コバルトは変わらず銀貨を数え始めた。
 ドアは――ない。破壊されているのだ。
「コバルトっていう情報屋は、あなたかしら」
 僅かな香水の匂いがした。
「……ああ。そうだよ」
 コバルトはちらりと女を見た。シルエットだけでも彼女の肉体の妖艶さが分かる。月に照らされた唇は血糊のように真っ赤だった。
「賢者の剣について、知っていることを教えてもらいたいの」
 コバルトは、ため息をついた。
「そりゃあ無理な話だ。他を当たりな……と言いたいが、他を当たっても同じ事だろうねぇ」
 コバルトは喉をグウグウ鳴らした。
「賢者の剣、ってのは、あの変人大賢者カルロス・ヴィダルが作った魔道具のことだろう?」
「そうよ。他に何があるっていうの?」
「あれは誰もその在処を知らないのさ。もしもどこにあるか分かっていたら、隠し場所が観光地になってただろうよ」
 女はコバルトのジョークにくすりともしなかった。
「そう、どうしても教えてくれないのね」
「教えないんじゃなくて、誰も知らないのさ」コバルトは喉をグウグウ鳴らした。
「お前さんみたいな美人になら、少し情報量を安くしたいくらいだね」
 女は何も言わなかった。代わりに手から魔術を発動させた。
 超高速の一撃――闇を濃縮した魔術が強固なカウンターを木っ端微塵に砕く。物陰から慌てて転がり出たラスターは無傷ではあったが、彼女の狙いが「賢者の剣」である以上、あまり嬉しくない状況であった。
 立ち上がると、肩から木片がぱらりと落ちるのが分かった。
「……どーも」
「どうして隠れていたのかしら?」
「あそこが俺の指定席だったのさ」ラスターは肩をすくめた。
「折角のお気に入りだったのに、おてんばなレディに壊されちゃった」
 女は何も言わず、カウンターだったもの・・・・・の近くに設置されている椅子に手を置いた。先ほどまでラスターが座っていた椅子だ。
「あたたかいわね」
「レディーに席を譲るのはマナーだろう?」
 女は口元を僅かに歪めた。嫌な笑い方だった。コバルトが銀貨の勘定をやめるのが、ラスターの位置からは見えた。
「ノア・ヴィダルに会わせてくれるかしら?」
 舌打ちを五百発くらいぶちまけたい気分になった。最初からこの女それが目的だろ、とラスターの頭が回る。
「断る、と言ったら?」
 五感が全て、目の前の脅威に向けられる。女はそれでも平然としていた。
「あなたに選択肢はないわ」
 そう言って、女はラスター目がけて突っ込んできた。手には短剣が握られている。ラスターも愛用の短剣を引き抜いて彼女の一撃を受け止めた。
「随分せっかちだな!」女の一撃をいなしてラスターは吠えた。
「あんたみたいな積極的な女は嫌いじゃないが、ノアに会わせたくはないタイプだよ」
「いつから保護者になったのかしら?」女が次々と繰り出す攻撃を、ラスターは余裕で受け止める。金属同士がぶつかり合って鋭い音を立てる。コバルトは小さな玉を取り出した。呪いを受ける前ならもっとスマートにラスターへの加勢ができたが、今はもうこういった道具を活用する以外の手段がない。
「ラスター!」
 名を呼ばれただけで、彼はコバルトの真意を察した。即座に飛びのくラスターに、女の反応が遅れる。投げつけられた小型爆弾は女のすぐ傍で爆発した。


「生きてるか、ラスター!」
「問題ない」
 ほぼほぼ瓦礫しかない部屋の外で、ふたりは小さな炎を眺めていた。
「あの女は誰だ?」
「あれは最近やってきた女暗殺者で、名前を――」
 コバルトの言葉は、煙の奥から現れた人影に遮られた。殺意の籠もった魔術は、八十キロ近いコバルトの身体を容易にぶっ飛ばした。
「コバルト!」
「よそ見をしてる場合かしら!」
「ッ!」
 間一髪で直撃を回避したラスターは、再度距離を取る。女は傷一つ無くラスターたちの目の前に立っている。吹っ飛ばされたコバルトがどうなっているのか心配だが、そんなことを言っている場合では無かった。
「さあ、もう一度言うわね」
「ノアに会わせろって?」
「そうよ。案内してくれるかしら?」
 女が足を一歩踏み出した瞬間、銃声が響いた。飛び退いた女は銃弾が飛来した方を見る。コバルトが銃を構えていた。
「ラスター!」
「だが――!」
「早く!」
 女がコバルトの方へ向き直り、彼の始末を始めようとする。ラスターは路地へと駆けた。
 ……コバルトはもともと優秀な暗殺者で、仕事を引退したのはあの呪いのせいである。身体を思うように動かせなくなっては暗殺者としては致命的だった。だが、全く戦えなくなったわけではない。銃や爆弾の扱いはそれなりに経験していた。が、女は魔力で弾道を無理にねじ曲げる。そもそもの相性が最悪だった。
「銃は苦手なのかしら?」
「まぁ、あんまり好きではなかったね」
 コバルトは息をついた。六発撃って全弾ハズレだ。
「あなたは情報屋として利用価値があるから殺さないわ」
「それで俺がほっとすると思うのかい?」コバルトは喉を鳴らさずに言った。
「そうね。安心するわけないわよね。今頃あなたが必死になって逃がした子ネズミちゃんが、路地でうずくまっているだろうから」
「……ラスターに何かしたのか?」
 女はほくそ笑んだ。コバルトのこめかみに嫌な汗が伝う。
「私はアンヒュームの連中とは違うのよ。さて……」
 女はコバルトの胸倉を掴んで、問うた。
「ノア・ヴィダルの情報なら教えてくれるわよね?」
 コバルトは少し黙した。女が手に魔力を集わせる。呪傷の痛みにコバルトは叫びそうになった。魔力と呪傷が共鳴しているのだ。ノアの忠告を思い出したところで遅い、明らかに症状が悪化している!
 普通の人間であればここで呪術を相殺する魔術を唱えるかもしれない。しかし不幸なことにコバルトはアンヒュームだった。魔力を持たない人間に扱える魔術など存在しない。このままでは痛みで気が狂う、既に頭は割れそうだし、なんなら少し嘔吐えずいている
「正確な、情報かは、分からないぞ、ッ」
「構わないわ、早くしてちょうだい?」
「分かった、分かったから、喋るから、その魔力を止めろ!」
 女が魔力を収束させる。コバルトの身体は僅かに軽くなった。喉の奥に血の味を覚えながら、コバルトはぽつりぽつりと情報を語りだした。
「アイツは魔術師というより騎士だ。剣術は相当だが、魔術師としては初級魔術しか使えない。強い呪文は何も使えない……と聞いているね。騎士になったのも親のコネらしい」
「つまり大した実力がないってこと?」
「そうだと聞いているね」
 コバルトは手をコートの中へと入れる。そして身体を震わせた。酷く体力を消耗していた。
「見た目も軟弱な優男で、あまり覇気は感じないらしい。俺は会ったことがない・・・・・・・・が……」

To be Continued



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)