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【短編小説】裏社会の年明け

 おそらく、というか確実に親切心からの行動だろう。ラスターは本心から感謝していた。
「ノアさん、暗殺者コイツに狙われてるみたいです」
 情報を寄越したのは心配性な同業者だった。そういえば、彼は魔術師に憧れていた。魔術師になるのが夢だったと語っていた。しかし、魔力を持たないが故に――叶わぬ願いであった。
 ラスターがノアと組み始めた頃、彼は頬を紅潮させてノアのサインをラスターにねだってきたことがあった。あとで、と適当にあしらったままにしていたが、彼はまだ期待を込めてサインを待っているのだろうか。

 静かな雪の夜だった。表通りでは多くの人々が年越しカウントダウンイベントを待っている。裏通りはひっそりとしていて、野鼠一匹見つからない。
 ラスターがため息をつくと、床に寝そべる男が息を飲む。
「そりゃあ落ち込むよ、ほんとは今頃のんびりと年越しするはずだったのにこんなさぁ」
 相棒ノアは既に眠りについていることだろう。新年のグリーティングカードが待ち遠しいからなのか、ノアは早々に床に入ってしまう。だからノアとラスターは毎年毎年、暮れの前日に年越しの真似事をする。
 つまり、ラスターがこうして外に出歩く理由はない。なかったはずなのだ。
「みんな年の瀬になって慌てて『やっぱりアイツ殺しておけばよかったー』ってなっても遅いのに、なんでこう……暗殺業って年末に立て込むんだろうな?」
 知ってる? と問いかけると男はふるふると首を横に振った。その動きに合わせて男の吐く息もふらふらと揺れる。まるで迷子のようだった。どこへ行くべきか分からない様が、子供のように見えたのだ。
「まぁそれは俺もあんたも同じだし? ……仕方ないよな」
 雪を踏みしめたラスターから逃げようとした男は、足を滑らせてしまう。
「何もしなければ無事に新年迎えられたのにね? 残念だったね? 狙った相手が、悪かったね?」

 ――雪明かりに輝く刃が、真っ直ぐに男の喉笛を貫いた。

「……お前さんが出てくるとは思わなかった」
 コバルトが帽子を目深に被る。彼の手にはハンドガンが握られており、ラスターが来なければ彼が仕事をこなしていたことだろう。
「暗殺は廃業したって聞いたけど」
 ラスターは肩をすくめた。本来のコバルトが得意とするのは短剣を用いた奇襲だ。しかしこの姿になってしまっては俊敏な動作は不可能に近い。銃は消極的な選択肢だ。
「そうもいってらんないのさ、お前さんも分かるだろう」
 コバルトが喉をグウグウ鳴らした。
「ホントにそれだけ?」
 ラスターが意地の悪い笑みを浮かべる。
「別に今すぐ動く必要はなかったんじゃないの? まるで誰かさんへの恩返しプレゼントみたい」
「詮索はやめてもらえると助かるね」
 コバルトは死体をつま先で小突いた。
「手伝ってくれるよな?」
「仕方ないなぁ」
 闇の奥から見知った顔がやってくる。みんなコバルトと協力関係にある同業者だ。尤も、みんなビジネスライクで、友情と名のつく関係は存在しなかった。
 魔術に精通する者が痕跡を消し始めたそのとき、空が明るく輝いた。花火が上がっている。年が明けたのだ。
「死体処理から始まる新年って最高」
 ラスターが朗らかにジョークを放つ。
暗殺者おれたちの年末年始なんて、そんなもんさ」
 コバルトが自嘲気味に返した。

 ――空にはまだ、花火が咲いている。


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)