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【短編小説】罪人の末路

 風が徐々に秋の様相を見せ始めているとはいえ、まだまだ暑さが残る頃のことだった。二人は順調に仕事を終え、今日の夕食についてあれこれと話をしていた。依頼主の村長も非常に満足してくれたのか、報酬とは別にお礼として銀貨をくれた。ギルドを挟むと手数料が取られてしまうので、こういったチップは直接魔物退治屋に感謝を伝えるいい手段でもある。もちろん、ありがたい収入源でもある。
「ねぇ、ラスター」
 豆のトマト煮について熱く語っていたノアの視線が釘付けになる。ラスターはその方を見た。村の入り口らしい。この距離からでは看板の文字は読めないが、こぢんまりとした村だな、とラスターは思った。そこで男がひどく殴られている。ノアはラスターの顔を見た。止めた方がいいだろうかという相談だった。
 ラスターはやめといたほうがいいな、と思ったが、それより先に村人たちがこちらに気が付いた。
「旅の方ですかー?」
 どうやら、村人はノアたちを旅人だと勘違いしたらしい。二人は仕方なく村人たちの傍に寄っていった。
「いえ、通りかかっただけです」
 ノアが答える前にラスターが答えた。村人は少し苦い顔をした。
「そうですか。それは失礼いたしました」
「罪人か何かですか?」ラスターは殴られている村人を見ながら問いかけた。
「……まぁ、そんな感じですね」
「すみません。人が殴られているところなんてそうそう見ることはなかったので驚いてしまいました」
「でしょうねぇ」
 村人はそう言って、ノアの方を見た。ノアは小さく会釈をした。
「それで、彼はいったい何をしたのですか?」
「彼は生き物を殺したのです」
「生き物を?」
 村人はそっとハンカチを差し出した。ノアは「ただのハンカチだな」と思ったのだが、よくよく見るとつぶれた蟻が乗っている。
「こちらの、普通の・・・蟻を?」
「ええ。あろうことか踏みつぶしたのです」
 村人は憎々し気に男を見た。先ほどまでにこやかにラスターと会話をしていたときの雰囲気からは想像つかないレベルの憎悪である。ノアの肝が冷えた。少し肌寒い気もする。
「生き物を大事にできないような邪悪な人間には、こうして命の大切さを分からせてあげなければなりませんから」
 男は鼻息荒く命の大切さを語った。虫も犬も、鳥も魚も、すべて一生懸命に生きている。人間に生まれたからといって、それらの命を雑に扱ってはいけない。魔物だってそうだ。彼らが人に危害を加えるのは生きるためなのだ。人が肉を食うのと同じようにして、魔物は人を食らうのだ。
 ノアはラスターの顔を盗み見た。ラスターは柔和な笑みを浮かべて男の話をじっと聞いていた。そこには一種の憐れみと蔑みが混ざっていた。
 村人が男を殴っている。命を大事にしろと言いながら、うずくまる男の腹めがけてつま先を突き立てようとしている……。
「そういえば、お二人は魔物退治屋の方ですか?」
 村人は問いかけた。ラスターは答えた。
「こういう格好をしていれば、魔物が寄ってこないものですから」
 村人の顔はぱっと明るくなった。
「そうでしたか! いやはやよかった。生き物をいたずらに殺すような野蛮人を成敗している最中で、魔物退治屋なんかと話をしてしまっていたらもう不運の極みですからね!」
 ノアは思わず頬の内側を噛んだ。驚愕を顔に出さないようにするためだ。
「成敗もいいですけれど、ほどほどにしてくださいね。誤って殺してしまったら今度はあなたたちが罪人ですよ」
 ラスターの忠告に、村人はものすごく明るい笑顔で答えた。
「大丈夫ですよ! すでに五人ほど殺してしまいましたが、生き物を大事にしないような奴なんて死んでも問題ないでしょう」
「ならよかった」
 何もよくはない、とノアは思った。思うだけだった。窮地に陥る可能性があると分かっていて、余計な一言を吐く趣味はない。
 秋めいた風が爽やかに頬を撫でる。ラスターは自然に「その罪人、ギルドに連れて行こうか?」と言った。が、村人は険しい顔つきでそれを拒絶した。
「ギルド連中は生物の殺害を軽くとらえています。ギルドに連れて行ったところで釈放されるのが目に見えている。だから我々が罰を与える必要があるんです」
「そうでしたか。差し出がましい真似をしてしまい申し訳ありません」
「いえ。大丈夫です。むしろお気遣いありがとうございます。本当は……」
 村人は自分の手のひらを見つめながら、悲し気に呟いた。
「私だって、人を殴りたくはないのですよ……」
 ラスターは静かにため息をついた。村の入り口が見える。村の名前が見当たらないところを見ると、正式な集落ではないのだろう。カルト集団の住居の一種と考えるのが自然だ。
 二人はにこやかに村人と別れを告げて、やや急いた足取りでその場を後にした。
「あの人、大丈夫かな」
「難しいだろうな」
 ノアは軽く後ろを振り返った。村は見えなくなっていた。
「ギルドに通報した方がいい?」
「しない方がいい。逆恨みでもされたら大変だ」
「でも……」
「ああいうのはじきにバレるもんだから大丈夫」
 ラスターはノアの背中を叩いた。ノアは何か言おうとしたが、何を言っても無駄だろうなと思い直して口を閉ざす。涼しさを孕んだ風が頬を撫でる。もうじき、商業都市アルシュが見えてくるだろう。

 数日後、テロス新報の一面をある記事が飾った。過激な愛護団体の集落で集団リンチが行われていたという記事だった。彼らは動物や魔物に危害を加えた「罪人」に「危害を加えられた、被害獣(被害者のもじりだそうだ)の気持ち」を分からせるために暴行を繰り返していたという。
 現時点において被害者は総勢九名ほどではあるが、調査が進めば新たな犠牲者の存在が明らかになるかもしれないという。リンチを先導していた容疑者に関しては写真が掲載されており、それはノアとラスターがあの時会話した村人だった。
「止めていればよかったかな」
 ノアは新聞を置いた。凄惨な事件で精神が落ち込んだ時、ノアは一度新聞を読む手を止める。
「止められなかったよ。ああいうのは魔物退治よりもやっかいだ」
 ラスターはそう言いながらホットミルクを持ってきた。
「それに、ああいうのはプロに任せるのが一番。そうだろ?」
 ノアは顔を上げた。ラスターはウインクを投げた。
「治安部隊とギルドに通報したら、話が早い早い。うまくいってよかったよ」
「通報したの?」
「そりゃね」
「俺には『通報するな』って言ったのに?」
「あんたよりも俺の方がいいかなって。通報者が割れたとしても襲撃されるのは俺になるし」
「ラスター!」
 ノアは思わずテーブルを叩いた。ラスターはにこにこ笑っている。
「冷静に考えてくれよノアくん。あんたを守る方に神経とがらせるくらいなら、自分の身を守る方が楽だ。それに俺はあんなエセ動物愛護連中に遅れをとらない」
「だからって……」
「さ、早くホットミルクを飲みたまえ。冷めちゃうぞっ」
 ノアは脱力した。ラスターの言うことをついつい聞いてしまうのも直した方がいいかもしれない。
「でも、彼らの逆恨みの矛先が俺に向かない可能性はゼロじゃないよね」
「そんときは俺が連中をボコすから平気」
 その自信はどこから来るのだろうか、とノアは思った。
 ホットミルクから穏やかに湯気が上る。「飲まないの?」とラスターが問いかける。平然とした風にして。
「今、命がいくつあっても足りないなって思ってたところ」
「そりゃあ大変だ。ゆっくりくつろいでくれ」
 ささ、とラスターはホットミルクを勧める。
 ノアは「誰のせいだと思って」という言葉とともにホットミルクを飲んだ。はちみつの甘みが抜けていった。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)