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【短編小説】閉店理由

 大漁らぁめんが閉店すると聞いてすっ飛んできたN氏は、店内の変貌っぷりに驚いた。あれだけ活気に溢れていたはずの店は、いつのまにか随分と寂れてしまっている。店の入り口に足を踏み入れると同時に「お客様一名ご来店!」「らっしゃぁ!」という名物掛け声すらない。空いてるお席にどうぞ、という淡白な案内だけだ。
 N氏はカウンター席についた。隣では別の客が醤油ラーメンをすすっている。
「注文いいかい?」
 N氏の声に反応してやってきたバイトが、くたびれたメモと安っぽいボールペンを手に「注文どうぞ」と言った。
「大漁らぁめんと、餃子セットひとつ」
「大漁らぁめんと餃子セットひとつですね。注文は以上でよろしいですか?」
 N氏は頷いた。バイトは「少々お待ちください」と言い、厨房で「大漁らぁめんと餃子セットー」と言った。
 店はそこそこにぎわっている。なぜつぶれてしまうのだろうとN氏は疑問だった。これだけ繁盛していれば問題なく営業ができそうなものなのに。
 ほどなくして、餃子とラーメンが運ばれてきた。大漁らぁめんは多種多様な具をこれでもかと載せたこの店一番の名物だ。魚介のダシにしっかりとした醤油ベースの味。N氏の血はこの大漁らぁめんのスープでできていると言っても過言ではないと思う。餃子も外はパリッと、中はジューシーという餃子の基礎は抑えつつ、野菜の旨味と肉の旨味を程よく配合したタネが美味い。
「どうして閉店するんだい?」
 N氏はバイトに声をかけた。バイトは少し困った顔をして「少々お待ちください」と言って立ち去った。厨房の奥で調理をしていた店主に事情を説明しているのが見える。店主の口元が「言ってもいいのに」と動いたのが見えた。N氏は餃子とラーメンを交互に食べながら答えを待った。
 店主がカウンター越しに、N氏に声をかけた。N氏は厚切りチャーシューを咀嚼しながら顔を上げた。
「閉店理由ですがね、客が減って採算が取れなくなったんすよ」
「!?」
 N氏は思わず口の中のチャーシューを飲み込んでしまった。まだ十分に味わっていないのに。
「減ったんですか? こんなにたくさんいるのに?」
「ああ、このお客さんたちは閉店を知って慌ててすっ飛んできた人たちだよ」
 ははぁ、とN氏は納得した。そういえば、生産終了の知らせがあった菓子が瞬く間にスーパーから消える現象は昔からよくある話である。
「閉店と知って慌てて飛び込むなんてなぁ、普段からこまめに来てりゃ店が潰れずに済んだかもしれないのに」
 N氏は改めてメンマを口に入れる。しっかりとした歯ごたえ。ほんのりと独特の匂い。
 大将は「ははは」と笑った。
「そうはいっても、あなたも人のこと言えないでしょう。最後に来たのいつでした?」
 N氏は思わず口の中のメンマを飲み込んでしまった。
「……五年前です」
「……そういうことですよ」
 ははは、と再度大将は笑った。バイトが「塩ラーメンと餃子とビールセットひとつ!」と声を張り上げる。
 大将は「はいよ!」と答えて、厨房へと戻っていった。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)