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【短編小説】神絵師の肉を食べた

 神絵師の肉を食べた。少し硬くて噛みきれなかったので、細かく刻んで飲み込んだ。しかし胡椒をかけても臭いがキツかったのもあって、残りは生姜で煮て食べた。
 私はイラストを描くのが好きだ。pixivで細々と作品を発表しているが、まだランキングに載ったことはない。Twitterのフォロワーは結構な頻度で「ランキングありがとうございます!」なんて呟いているけれど、私は一度もそういった呟きをしたことはなかった。なかった、というのは過去形という意味だ。今や私はランキング常連の神絵師になった。それもこれも全部神絵師の肉を食べたからである。
 神絵師の肉を食べると絵が上手くなると言う都市伝説は随分と前から流行っていたが、私はそれを冗談だと「思っていた」。しかしあるとき本当に神絵師の肉を売るネットショップがあると知って、私は神絵師の肉を買った。結構いい値段だったので、クレカの支払い設定をリボ払いに変更する羽目になった。更に届くまで半年も待つ羽目になったが、私はその間、ソシャゲのイベントをこなしたり、バーチャルユーチューバーの動画を見たりして有意義に過ごしていた。Twitterのフォロワーは変わらずランキング掲載の呟きをたまーにしていたけれど、私はそれを見ても焦りを感じなくなっていた。
 お世辞にもおいしいとは言えなかった神絵師の肉には確かに「効果」があった。私が「初めてランキングに掲載されました、ありがとうございます!」と呟くのにさほど時間はかからなかったし、適当に書き殴った落書き一枚でも数百件のリプライがついた。「私なんてまだまだですよ~」とか書いて、適当な顔文字をつけるだけで相手は相当舞い上がっていた。気が向いたときに絵を描いて、褒められて、たまに投げ銭が入る。そんな生活を続けていたある日のことだった。
「神絵師の肉の効果はどうでしたか?」
 私はネットショップのオーナーに会っていた。最近オープンしたばかりのお洒落なカフェに呼び出されたのだ。というのも、神絵師の肉の効果を教えて欲しいと頼まれたから。インタビューの内容はサイトへ掲載するが、個人情報は載せない。その約束を私は飲んだ。何故か? かつて底辺クソザコ絵師として泥水を啜っていた頃の苦しみを知る私は、他の人にもこの「神絵師の肉」の効果を知ってほしいと思ったからだ。
 インタビュアーは女性だった。金色の髪が美しく輝いて、通りすがりの男性が何人か振り向いていた。
「神絵師の肉は最高でした! ランキングと縁のなかった私が、神絵師の肉を食べてからはずっとランキング常連です! 最近は運営側からの通知をずっとオフにしていて――」
 私は神絵師の肉を最上級の言葉で褒めちぎった。食べてからの変化に関しても事細かに伝え、その度に女性はにこにこ頷きながら手元のMacBookを操作していた。
「ありがとうございます、インタビューはこれで終わりです」
 私も「ありがとうございます」とぎこちなく笑いながら答えた。緊張していたのだ。女性は手元の珈琲を飲み干して、あっけらかんと言い放った。

「これで、いい紹介文が書けますよ」


 神絵師の肉、入荷!
 とっても希少な神絵師の肉! 食べるだけで画力がめきめきUP!?
 今回入荷した神絵師は、ピクシブのランキング常連の実力者。
「最近は運営からの通知をオフにしています(笑)。そうじゃないとランキングに入った知らせで眠れないんですよ(笑)」(X県在住 HN:Iさん ※仮名)
 嘘か誠か、信じるも信じないも貴方次第! 神絵師の肉を食べて、貴方も神絵師になろう!

そんな紹介文を見て、ワタシの心は揺れた。少し迷って、いや、迷ってすらいなかったのかもしれない。
 注文ボタンを押した。クレジットカードの情報も入れた。いつ来るかな、と発送連絡をひたすらに待った。待って待って待ち続けて、神絵師の肉を注文したこと自体を忘れそうになった頃、ワタシの元に荷物が届いた。開けるとそれは神絵師の肉だった。見た目は普通の――スーパーとかで売っている肉となんら変わりなかった。
 ワタシは早速、パンフレットに記載されているオススメの食べ方を試してみることにした。ステーキを焼くなんて初めてかもしれない。そもそも牛肉を食べる機会だってそんなになかったのだから。
 腹の虫が鳴く。どきどきする。独特の香りが鼻腔を満たす。焼き上がった肉にナイフを入れて、小さく切って、フォークで口に運ぶ。最初のひとつを飲み込んで、今、私は、

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)