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【短編小説】当たらなかった弾を拾って

「私は、レインがおすすめかな」
 中級英語の講義が突如休講になったので、カナエとコトミとリエコの三人は学食の席を陣取り、たわいもない雑談に花を咲かせていた。そのとき、リエコが「ラストアルケミスト~幻影のクロニクル~」(通称「ラスケミ」)を始めたいと言い出したのである。
 微課金ユーザーのコトミはリエコの好きな「不幸属性漂うくたびれたハードワーカーイケオジ」属性がモロに人の形を取っているキャラ「ジェイソン」をお勧めしたのだが、無課金ユーザーのカナエがお勧めしたのはその要素が欠片も組み込まれていない「レイン」という女性キャラだった。
 せっかくのお勧めということもあって、リエコはスマホで「レイン」の紹介ページを見た。周年ごとの人気投票で七連覇するほどの人気キャラらしい。
 レインは究極の雨女。彼女のいる場所は常に雨が降り続くので、ゆく先々で人々から嫌われる。しかしそれでも彼女は明るさを絶やさない。憂鬱な雨を降らせてしまう代わりに、自分だけは明るくふるまわなければと思っているから……。
 という設定でラスケミユーザーを片っ端から落とした魔性の女である。かわいそうな生い立ちにも負けず、明るくふるまう彼女の健気さにノックアウトされたユーザーは運営の想像をはるかに超えるレベルで多いらしく、衣装替えバージョンの彼女は今度追加されるゴシックロリータバージョンを含めて十三人目だった。
「すっごい人気キャラなんだね」
 リエコは目を丸くしたが、コトミは露骨に嫌な顔をした。
「どうしたの?」
 その理由を知らないリエコがそう問いかけると、コトミは早口で彼女の疑問に答えた。
「ことあるごとにいっつも別バージョン実装されるからさ、もうこいつの顔見飽きたんだよね。水着に始まってクリスマスだの浴衣だの……ここまではいいけれどゴスロリバージョンって……もう運営もネタ切れでしょ」
 voice1と記載された箇所をタップすると、レインのセリフが表示された。

 ――私、レインって言います。傘は、きちんと持っていますか……?

「てか、カナエはこいつ好きなの?」
「そうでもないけど」
「私は嫌い。大っ嫌い。こいつの衣装違いひとつ実装する枠でランスにも衣装違いよこせって思う」
 ランスはコトミの最推しのキャラクターだ。騎士団選抜試験をトップの成績で突破した矢先、ライバルのゲルニカの罠にはまってしまい、殺人衝動の呪いを受けてしまった、というかわいそうなキャラである。王子様気質の見た目に反して、まがまがしい魔物のオーラやパーツがアンバランスながらも妙なカッコよさを醸し出していて、コアなファンがそれなりにいる。
「リエコ、そんな奴いいから早くジェイソンも見てよー」
 手元のアイスコーヒーをがじゃがじゃと乱雑に混ぜながら、コトミは不機嫌そうに声を上げた。
「あ、うん。このキャラかな?」
 攻略wikiの最強キャラランキング表に掲載されたイラストをタップすると、リエコは「ひゃー」と言ってテーブルに顔をうずめてしまった。「ほらみろ」と言わんばかりに胸を張るコトミに、カナエは少し肩を落とした。
 ジェイソンに三秒で心臓をぶち抜かれたリエコは、即座にラスケミをダウンロードし始めた。
 あっという間にチュートリアルを終わらせ、初回限定の選べるSSR確定ガチャでジェイソンを選んだリエコは、カナエとコトミをフレンドに追加。ラスケミの世界に飛び込んだのであった。

 ……というのが、二年ほど前の話である。
 リエコのアカウントは最終ログイン日がもう二百日以上も前になっている。リエコがジェイソンと共にラスケミの世界へ足を踏み入れ、彼と共に過ごした一年ちょっとの間にレインは二人増えたが、ジェイソンもランスも増える気配はなかった(ジェイソンはクリスマス衣装が一昨年の冬に実装されているのでマシな方だが)。
 ラスケミにはたくさんのキャラがいる。一か月に十人近くは増える。プレイアブルキャラクターは驚異の三千人超えなので、お気に入りのキャラクターは何かしら見つかるのだ。ただ、その三千人以上もいるキャラクターのすべてがユーザーに受け入れられているわけではない。人気投票というグロテスクなシステムで可視化されるキャラの人権は、衣装違いバージョンの実装という形で現実のものとなる。キャラクター一人作る工程が同じなのであれば、よりガチャが回るキャラクターに注力するのが賢い。
 だからカナエはリエコにレインを勧めたのだ。レインを気に入ることさえできれば、ラスケミを簡単に楽しむことができるのだから。
 程よいサイクルで追加される推しの新バージョンに対して何も考えずに課金できる。待てど暮らせどやってこない推しの供給を求めて、水の出ない蛇口に舌を延ばすよりも、水の出る蛇口から適当な水を飲む方がいい。
 カナエはその境地に至ってから、穏やかにラスケミを遊ぶことができている。ありがたい話であった。
「あ、」
 彼女の手が止まる。画面が虹色に輝いている。無料十連ガチャの確定演出をスキップすると、先日実装されたレインのスチームパンクワンピースバージョンが登場した。
「このワンピース、似合っていますか?」というボイスもスキップしたカナエは、リザルトに出てきた獲得ユニットをほとんど全部売り飛ばす。必要のないキャラクターはこうして金とガチャ被りの救済アイテムに変えるのが手っ取り早い。
 必要のない低レアも、魅力を感じないレイン高レアも、全部売った。
 カナエのラスケミに必要なキャラクターは、「すべての人を等しく救う勇者」を夢見て剣の修行に明け暮れる青年・グレイ以外存在しない。ラスケミの世界を彩るその他三千人のキャラクターは、たとえ人気投票八連覇を決めたレインであろうとも、カナエにとっては必要ない。
 アイテムショップでSSRの限界突破チケットを入手したカナエは、ひとり呟く。
「これで百二枚目かぁ……」
 これだけあれば、一か月でグレイの別バージョンが十体実装されても容易に育成を終わらせることができる。ラスケミとの付き合い方を熟知しているカナエはこれでもモチベーションが高い。だが、リエコに「この境地まで来い」というのは酷な話だろう。コトミですらできていないというのに。
 ……だからカナエは、これまでも、これからも「ラスケミをやってみたい」と言い出した友人には、等しく同じキャラクターを勧め続ける。
「レインはどう?」と。
 供給の来ない苦しみを友人に味わってほしくないから。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)