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【短編小説】ティニアの花とキュローナ村のひみつ #4

 ずいぶんと粗末な部屋だな、というのがノアの感想だった。必要最低限のものしか置かれていない。村長を名乗る男はよい体格をした丈夫で、小型の魔物であれば彼が退治できそうだなというのが第一印象だった。とっつきにくそうな体格のわりに性格は繊細で朗らかな男であった。
 村長は小さな椅子を二つ引っ張りだして、ノアとラスターに座るよう促した。
「村人が話していた以上のことはないんだが、まずは礼を言わせてほしい。あんたらの剣士がうちの村を守ってくれた。ありがとう」
 村長は深々と頭を下げてから、ノアとラスターを交互に見た。
「ここはティニア村だ。本来ティニアの花を守っていたのはこの村なんだ」
「キュローナ村と何があったのか、お聞きしてもよいでしょうか」
 窓の外から「あいつらねぇ! ほんと最悪なんだから!」と参戦する女性の声がした。よっぽど恨みを買っているのだろう。ノアは少々カビ臭い部屋の空気を吸いながら、村長の言葉を待った。
「まぁ、薄々察しているとは思うが……」
 村長は頭を掻いた。
「もともとティニア湖の近くには村が六つあったんだよ。俺たちも他の村の連中も、ティニアの花を広めるつもりなんてなかった。一部の園芸趣味の連中がぽつぽつやってくる程度でよかったんだ」
「キュローナ村だけが、違っていたと」
「ああ」村長は力なく言った。少し泣いているようだった。外から「村長頑張れ!」「泣いてる場合じゃないよ!」という応援がすっとんでくる。相当慕われているのだな、と思った。
「観光目的で噴水が設置された結果、どんな影響があったのですか?」
「まずもともと自生していた他の植物が追いやられた。ガーリャ村はそれで消えた。薬師の村だったんだ」
 外から「終わりの始まりだよ!」と声がした。ラスターは窓を閉めようとしたが、よく見るとそれは窓ではなくて窓の形になった穴だった。窓本体はどこかに行ってしまったのだろう。
「次に魔物の数が増えた。魔力を含んだ水に吸い寄せられてやってきたんだ。マジックワーム程度ならこのあたりの農家はみな対処できたが、さっきのデカい熊とかゴブリンの群れ相手は無理だ。レッジ村がそれにやられた」
「あそこはひどかったよ、村人全員死んじゃったもの」
 窓から中年女性が顔を覗かせる。ノアは「そうなんですね」と軽く流した。
「キュローナ村は何もしなかったのか?」
 ラスターが話を戻そうとするが、窓から鋭い声が飛んだ。
「するわけないでしょ!」
 ……窓の女が、代わりに答える。
「あいつらは観光でウハウハだから、周辺の村がどうなろうと知ったこっちゃなかったのよ!」
 村長は頷いた。
「ティニアの花ではなくて、ティニアモドキが増えていることは?」
「そんなのこの村のみんなはとっくに気づいてるわよ。キュローナ村がだんまりなの!」
 ノアが頭を抱えた。話が思った以上にこんがらがっているのだ。
「どうすれば解決できると思う?」
「うーん……。多分キュローナ村の村長問い詰めても口止め料支払われて終わりそう」
「もっと決定的な証拠があればいいんだけれどね」
「あとは、ティニアモドキだけを枯らすとか?」
「そんな方法があるのか!?」
 村長が食いついてきた。思わずのけぞるラスターをノアはそっと支えた。この椅子には背もたれがない。後方に体重をかけても受け止めてくれるものはない。
「ラスター、実際どうなの?」
「いやー、なかなか難しいと思う。特定の植物をピンポイントで枯らすなんて薬も魔術もないだろう? もしも存在していたら俺は花壇の雑草に悩むことがなくなるし」
 それもそうだな、とノアは思った。
「俺たちにできるのは、ギルド側にこの一件を報告することぐらいかなぁ」
「この際新聞社に情報提供するのもいいんじゃないか?」
 二人が沈黙を作ったその時、ドアが勢いよく開く。ばきっと嫌な音もついてきた。蝶番が壊れたようだ。息を切らせてやってきた村人は、呼吸を整えるのも面倒と言わんばかりに叫んだ。
「ティニアモドキが、モドキだけが、急激に枯れ始めてる!」
「なんだって!?」
 今度は村長が扉を勢いよく開いて外へ飛び出していく。残った蝶番にかかった強烈な負担は、やはりばきっと嫌な音を奏でる。ラスターは板切れと化したドアを壁に立てかけて、外へと出た。
 冷たい風が頬を撫でる。キュローナ村の方を見るとあの巨大な噴水が水を上げているのが見えた。おそらく誰かが勝手に氷を溶かしてしまったのだろう。
「ラスター、ティニアモドキってもしかしなくても……ティニアの花より寒さに弱い?」
「うん」
 どうやらラスターも察したようだ。村人たちは異常気象を疑っていたが、ティニアモドキだけが枯れたと分かってガッツポーズを繰り出していた。そもそもティニアの花もティニアモドキも、現状「増えすぎ」という異常事態。数が減る方がありがたいのだ。
「ここまで減ったら、もうキュローナの連中もあの馬鹿げた噴水を使わずに済むだろうなぁ!」
 村人が思い思いに声を上げる中、ラスターはそっとノアに耳打ちした。
「ヒョウガの氷の魔力が溶け出したってことか?」
「それだけじゃ足りないと思う。誰かが普通にあの氷を溶かしたのであれば、植物を枯らすほどの魔力は生じないから」
 ノアは井戸の方を見た。女性が洗濯をしている。ノアの視線に気が付いた女性は洗濯の手を止めて、にこりと微笑んだ。
「こんにちは。お疲れ様です」
「こんにちは。さっきは本当にありがとう。あの剣士さんのおかげで食べられずに済んだから!」
 ノアは女性の手元を見た。枯草色の着物だ。コガラシマルの着物を洗ってくれているらしい。
「こちらこそありがとうございます。血の汚れってなかなか落ちないですよね」
「私、村で一番洗濯が上手いのよ。魔道具よりもキレイになるんだから任せて頂戴!」
 女性はそう言って、泡まみれの手で胸元をドンと叩いた。
「あ、剣士さんはティニア湖の方にいるわ。体を洗うのにもちょうどいいわって言ったの。村では井戸の水でお風呂を焚くんだけど、剣士さんはお湯が苦手っていうから。一人が体洗う程度だったら湖はそこまで汚れないもの」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
 ノアとラスターは互いにアイコンタクトを取った。もう答え合わせなんて不要。二人は教えてもらった道をその通りに進んでティニア湖へ向かった。道中のティニアモドキが色あせている。問題はその量だ。ティニアの花だけが綺麗に残っており、モドキは全部だめになっている。その光景が「枯れた大量の草花モドキの中、けなげに咲き続けるティニアの花」なので、もう隠しようがない。
「あ、ノア! ラスター!」
 湖岸で火をおこし、小さな魚を串焼きにしていたヒョウガが手を振ってくる。ティニア湖の水面には誰かが泳いでいる姿がうかがえる。あれがコガラシマルだろう。
 ……ティニア湖の水に冬の魔力を溶かした元凶である。
「食べる?」
 ヒョウガが串焼きの魚を二人に差し出した。焼きたてほくほく。ノアもラスターも有り難く頂戴した。近くには魚の骨が入った袋がある。きちんとゴミをまとめているようだ。椅子にちょうどいい岩はもともとここに置かれていたらしく、四人で焚火を囲んでくださいと言わんばかり。そのうちの一つにはコガラシマルの着替えが置いてあった。本人の私物の他、村人が貸してくれた浴衣がある。
「村の人が、ティニア湖使っていいって言ってくれたんだ」
 ヒョウガは嬉しそうに、魚にかぶりつくノアとラスターを見ていた。
「コガラシマル、冬の精霊だからさ。風呂がほとんど意味ないんだよな。熱にも弱いからお湯に入った瞬間、本能的に魔力が強まるらしくて……水風呂がちょうどいいんだって」
 ノアは魚にかぶりつきながらヒョウガの話を聞いていた。焼き魚は火加減も塩加減も絶妙だった。非常に美味である。ティニア湖の魚はもともと評判がよく、各都市に流通している。やはりこうでなければ。ノアは酒場で食べたいまいちなパン粉焼きを忘れようとした。
「そういえば、噴水の氷……誰かが溶かしたらしいんだけど、問題ないよな?」
「大丈夫だよ」
 ノアは笑顔で答えた。嘘はついていないからだ。
 コガラシマルはまだ泳いでいる。
 ティニア湖に冬の魔力をばらまいている。


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)