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【短編小説】すごい感情移入

「それでね! その後どうなったと思う!? テリーがデヴィッドのことを庇ってゾンビに食べられちゃうの、ほんとひどくない!?」
 カナコの言葉をへぇーと流しながら、ミクはポテチを噛み砕いた。ホラー映画好きなカナコは定期的に映画館へ足を運び「スリルを楽しむ(本人談)」のだが、彼女には唯一「受け入れがたいもの」があった。それが、「犬猫が死ぬホラー映画」だ。犬猫に限らず、インコや兎など人の生活に深い関わりのある動物がホラー映画で死ぬのが耐えられないらしい。それはシナリオの展開不問の地雷で、飼い犬の「テリー」が飼い主の「デヴィッド」を庇うという名シーンであってもダメなものはダメ。
「ゾンビもゾンビだよ、犬を食べるなんて人の心ないんか!」
 その言葉にミクは思わず咽せた。
 そりゃあるわけないだろ、ゾンビだし。という言葉はポテチと一緒に飲み込んだ。
 カナコは気にせず、手元のコントローラーをせわしなく動かしている。動かしながら「ポテチおいしい?」と聞いてきた。
「うん、おいひーよ」
 ボリボリと音を立てながら問いに答えたミクは、カナコの手元を覗き込む。スティックがせわしなく動き、ボタンは何度も押し込まれている。RTAの手元動画のようだった。
「順調?」
「うん、じゅんちょ……あっ、やっ、ちょっと待って嘘ヤバいヤバいヤ……あー!!」
 中身空っぽの実況をしたカナコに何事かと画面を見たミクは概ね彼女の状況を察する。
 そこには拳銃を持つデヴィッドと、彼に襲いかかるゾンビの群れが居た。どうやらムービーが再生されているらしい。
 ゲームが映画になるとか、映画がゲームになるとか、そういった展開をする作品がたまにある。カナコの趣味はホラー映画……というのもあるのだが、それがゲーム化、もしくはそもそも原作がゲームである場合、そのタイトルをプレイして「映画で無残に殺された犬猫を救うか最悪仇討ちする」のも趣味なのだ。
 まぁ分かる。犬猫が徒に殺されるホラー映画を嫌うのは分かる。ミクも犬を飼っている。ラブラドールレトリバーの「タルト」が死ぬなんて考えたくもない。演出のために犬猫の死を扱う作品は確かにちょっと苦手だ。大人しく人間だけを殺しておけばいいのに、とさえ思う。ただその意識もカナコほどではないが。映画で殺された犬猫を救うとか、仇討ちとか、そこまではしない。そもそもミクは「犬猫が死ぬホラー映画」は見ない。事前にネタバレを確認する。
 しかしカナコはそれをしない。初見のワクワクのためなら地雷原でタップダンスを踊るタイプ。
「やだぁあああ、これ映画で見たもんー! てりぃがしんじゃうー!」
 無慈悲に進むムービー、颯爽と駆け寄るテリー。主人公のデヴィッドは愛犬の最期に悲痛な叫びを上げ、少しのロードを挟んだ後ゲームパートへと移る。
「おのれぇ! おのれええぇ!!」
 復讐の鬼と化したカナコはデヴィッドにガトリングガンを装備させて的確にゾンビを撃ち殺していく。その操作があまりにも精密なのでミクはいつも「ほぅ……」と感嘆のため息をついてしまう。尚、今日のため息はコンソメパンチの香りがオマケでついてくる。
「くたばれこのクソゴミゾンビ共が! これはテリーの痛み! これはテリーの痛みぃ!!」
 まぁ、デヴィッドも同じことを考えているんだろうなー、と他人事のようにして(実際他人事だ)振る舞ったミクは、銃声と断末魔が不定期に響く部屋の中で、二袋目のポテチを貪りだした。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)