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【短編小説】プロローグ -ティニアの花とキュローナ村のひみつ-

 シノはげんなりしていた。
「気分転換にもなるようないい依頼はないか?」
「依頼を紹介してほしい」と珍しくまじめな様子のラスターに感心していたところ、笑顔でそんな頓珍漢なことを聞いてくる。ギルド受付担当という職業柄、バカとアホの相手をする確率は高いが、どちらでもない奴がアホになる例はそうそうない。というか、そもそも「あってたまるか」と言いたくなる。
「あなた、ここを観光案内所かなにかと勘違いしてない?」
「いやマジでそういうわけじゃなくてね? うちのノアくんがちょっとしょんぼりしてるから」
「それなら休みを取ってバカンスにでも行ったらどう? ゴブリンの鍾乳洞ツアーよりはマシだと思うわ」
 シノはそう言って、机の上の依頼書をとんとんと叩いた。
「ゴブリンの棲み処って基本的に汚いじゃん。そういうのじゃなくてもっと心躍る綺麗なところ」
「観光案内所に行ってちょうだい。私、忙しいの」
「なぁシノちゃん頼むって、うちのノア君がほんとにカワイソウなんだからさぁ」
 おねがい、とかわいらしいジェスチャーを取るラスターだが、シノには全く効いていない。だが、これ以上ラスターに粘られるとこちらの仕事が進まない。
「……はぁ」
 彼女がため息をついたそのとき、ギルドの扉が開いた。のそのそと歩いてきた青年は、ラスターを押しのけてシノに書類を差し出した。
「依頼出したいんですけど」
「ちょっと、俺の対応中だぞ」
 ラスターの訴えを無視して、シノは依頼申請書に目を通す。が、彼女は二秒でそれを突っ返した。
「却下」
 その判断の速さにラスターのスイッチが入る。依頼申請書を突っ返された本人は、むっとした様子で再度シノに依頼申請書を差し出した。ここで「仕方がないですね」などと折れるほどシノは弱くない。「却下」の判をど真ん中に押し付け、再度依頼申請書を突き返した。
「ギルドの活用パンフレットをよくご覧になってください。軍事蜂起目的、およびその疑いがある依頼はお受けできませーん」
 ラスターは背伸びをして、却下を押された依頼申請書を読み取ろうとする。ややひしゃげた文字は解読が難解だが、不可能と判断するまでのことではない。

 精霊族に自由を
 今こそアマテラス国に反旗を翻すとき

 精霊族に罪はありません。
 突然軍事侵攻を始めたアマテラス国を、
 このまま許してしまってよいわけがない。

 なるほど、とラスターは思った。つまりこいつ……おそらく精霊族のはずだ。こいつはギルドで人材を募って、アマテラスに反転攻勢を仕掛けるつもりでいるらしい。無理な話だ。それを許したらこのソリトス王国とアマテラスの全面戦争になる。
「差別だ!」
 顔を真っ赤にして精霊が叫ぶ。
「何が差別?」
 それに対してシノは冷淡に吐き捨てた。ラスターはどうしたものかな、と考えた。このまま騒動が伝搬すればギルド内部が混乱する。間違って入ってきた酔っ払いが怒鳴り散らすのとはレベルが違う。
「俺が精霊だから依頼を受けてくれないんだろう!」
 精霊の悲鳴をシノは鼻で笑った。
「こんな内容、精霊じゃなくても却下扱いよ。それに、ギルドはすべてに平等。実際、魔物退治屋として登録を受けた精霊だっているわよ」
 ね? とシノがラスターに同意を求めた。意地悪い笑み。こちらを巻き込むつもりでいるらしい。
 とはいえ、確かにナナシノ魔物退治屋には精霊族とその契約者の登録がある。これは旅に出る二人の身分証明としてノアが講じたものであり、退治屋の仕事をしてもらっているわけではない。
「まぁそうだな。いるな。今は長期依頼で不在だけど」
 しかしラスターにとって嘘は武器だ。下手すれば短剣よりも扱いに慣れている。
「だったら分かるだろう! 君の仲間が故郷を追われてる! 可哀そうだとは思わないのか」
「いや? むしろ島を出られてせいせいしたってウッキウキだったぞ」
 これは本当だ。ラスターの記憶違いでなければ、という前提があるが。
 精霊は地団太を踏んだ。なんでこう、この都市にいる精霊にはろくなものがいないのだろう。もっとまともな奴はいないのだろうかと思いつつシノの方を見ると、却下した依頼申請書を粉々に切り刻んでいた。容赦がなさすぎる。
 しかし冷静に考えれば、魔力ナシアンヒュームだって似たようなものだ。魔術師連中に対して間違った手段で食って掛かる困ったチャンばかり悪目立ちして、善良な人々は目立たない。
「あなた、どこの部族?」
 書類の処理(物理)を終えたシノが口を開く。精霊は自信満々に答えた。
「俺はサミダレだ。雨と――」
「へぇ。真っ先に精霊族を裏切ってアマテラス側にひっついた水の部族が何を吠えてるのかしら?」
 精霊特有の名乗りをぶった切ったシノは少々怒りのこもった目でサミダレを見つめる。一方のサミダレは首を激しく横に振った。否定の意だ。
「違う、あれは戦略だったんだ。油断したアマテラス連中をボコそうとしただけであって」
「あなたたちが裏切らなかったら戦局は変わってたって話もあるけど」
 シノがベルを鳴らした。あーあ、とラスターは思う。あれは非常時に鳴らすもので、迷惑客をしょっ引いてほしい時に使うものだ。もちろんギルドに警備なんてそんな大層なものはない。多くは善意でやってくる魔物退治屋の面々だ。ゴブリン、ドラゴン、その他凶暴な魔物を毎日相手しているような丈夫の前ではクレーマーなんざかわいい子犬のようなものである。
「最初から鳴らしておけばよかった」
 シノはため息をつきながら、外に連行されていくサミダレの姿を眺めていた。
「にしても、シノちゃん詳しいねぇ」
「何に?」
「精霊族の情勢」
 シノはふう、とため息をついた。何を当たり前のことを、と言わんばかりの態度だった。
「あのね。あたしがどこで働いていると思うの? ギルドよ? ここはあんたの想像よりもずっとずっと情報に溢れてるんだから。知りたくなくても知っちゃうことは案外多いの」
「いや、それでも聞き流す奴はいるだろ。記憶に残るくらいには気にかけてるって相当だなぁと思って」
「……ほめても何も出ないわよ」
 シノが一枚の紙をラスターに差し出す。依頼書らしい。
「出たじゃん」
「やっぱりちぎっちゃおうかな」
「冗談」ラスターは依頼書に目を通した。そして飛び上がった。
「キュローナ村ぁ!?」
 予期せぬ反応にシノも驚いたらしい。近くにいた魔物退治屋も何事かとこちらに視線を投げてよこした。
「知ってるの?」
「園芸やってるやつでキュローナ村を知らないって言ったらバカにされるぞ! ティニアの花の保全活動であれこれやってる場所だ」
「あー、確かそんなこと書いてた気がする」
 ラスターの目がせわしなく動く。水源に魔物が発生しているかもしれないという歯切れの悪い言葉に妙な引っかかりはあるが、それどころではなかった。
「今の時期ならギリギリ花も見れるし、難易度も手ごろ。最高じゃん、なんでこんなアタリ依頼がここにあるんだ?」
「……距離でしょ」
「…………」
 ラスターは机に置かれている地図を広げた。
「馬車で三日くらいかかるんだっけ?」
 シノは答えない。受注するかしないかをさっさと決めろと言っている。
「まぁ、いいか。たまには田舎のおいしい空気を吸って、ノアにリラックスしてもらおう」
「決まりね。さ、とっとと指紋を押して頂戴」
 シノがインクをこちらに差し出してくる。ラスターは日付を見た。依頼申請書の受領から二週間経過している。そりゃあせかすわけだ。一か月経過しても受けてもらえなかった依頼は依頼主に条件の変更(主に報酬の増額)を検討してもらうことになるのだが、これはなかなか骨が折れる作業。中には「うちの近くに住み着いた魔物が、次に狙うのはお前の家かもな!」などと減らず口を叩いてくるパターンもある。
 ラスターはおとなしく指紋を置いた。
「ノアに断られたらどうするの?」
「まぁ、最悪俺一人で行けばいいから」
「かわいそ」
 シノが手をひらひらさせる。ノアの指紋をもらってこいという意味だ。ラスターはオーケーサインで彼女の指示に応えた。外に出ると秋の気配がある。日差しに夏の名残を感じる中、口論の声が聞こえる。見ると例の精霊と魔物退治屋が何かもめているようだ。ここで首を突っ込んだら夕方まで帰れそうにない。ラスターは彼らに見つからないようにして、商業都市アルシュの雑踏に姿をくらませた。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)