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【短編小説】ティニアの花とキュローナ村のひみつ #5(本編最終話)

 その頃、キュローナ村はパニックになっていた。
 現地調査が終わり、噴水を閉ざしていた氷を魔術で溶かし、無事に装置が稼働した。だが、しばらくしてから次々とティニアの花――いや、ティニアモドキが枯れ始めたのだ。
 数の少ない本物が枯れたのならまだしも、よりによって見栄えの良さのために放っておいたティニアモドキが犠牲になっている。原生地は枯野の状態だ。幸運なことに、魔物はこちらに寄ってきていない。今のところ、異常が発生しているのはティニアモドキだけである。
 村長は部屋で爪を噛んだ。一体何が起きているというのか。水源は元に戻ったはずだ。装置に異常があるわけでもない。どうしてこうも綺麗にティニアモドキだけが枯れるのだ?
「ざまあみろ! いつかこうなると思ってたんだ!」
 活動家たちが手を叩いて喜ぶ音が腹立たしい。が、魔物退治屋が調査に赴いているのであれば、原因も突き止めてくれるはずだろう。
「村長! 魔物退治屋が戻ってきました!」
 秘書の言葉に思わず立ち上がる。依頼した魔物退治屋が二人。地図と指輪を受け取った秘書は、映画の続きにのめり込むかのような仕草で二人の言葉を待っていた。
「周辺に魔物はいませんでした。もっとも、騒動の影響で痕跡はすべて消されていましたが」
「しいて言うなら、ティニアの花の大部分が枯れています」
「氷の魔力のせいじゃないかしら」
 村長は鬼の首を取ったようにして告げた。
「あの噴水を凍らせた奴を連れてきてもらうことはできますか?」
「仮にあの氷が原因だったとして、どうして枯れずにぴんぴんしているティニアの花と、枯れてしまったティニアの花が極端な状態で存在しているのでしょうか?」
 ノアは笑顔を崩さずに、淡々と問いを投げた。村長は答えに窮する。実はあのティニアの花の大半はニセモノでした、なんて言えるわけがない。
「なぜでしょうね」
「それは俺たちも専門外なので分かりません。植物に詳しい専門家を呼ぶ必要があるかと思います。幸い、商業都市アルシュのギルドには薬師が何人か在籍しておりますので、彼らに依頼を回しましょうか?」
「お気遣いありがとう」
 村長はハンカチで額の汗をぬぐった。
「それはこちらで検討します。方針が決まったら、その時また改めて」
「そうですか。では、我々はこれで失礼します」
 ノアはラスターの方を見て、退室を促した。二人は秘書に会釈して、そのまま部屋を後にする。
 扉がバタンと閉まってからすぐに、村長は机を激しく叩いた。重い音が響き渡る。
「おー、怖っ」
 廊下を歩いていたラスターが茶化す。そんな彼をノアは小突いた。
「これからどうしようか。普通に依頼報告書書いていいのかな」
「もうどうにもならないだろ。被害が甚大すぎて隠しようがない。もうテロス新報の記者が嗅ぎつけて現地入りしている以上、打つ手なし! 結果的に魔物問題もじきに片付くだろうよ」
 ラスターはからからと笑った。手には大量の魚が入った袋がある。遊泳中のコガラシマルが仕留めたものだ。お土産に、と手渡された。二人はあの村にもうすこし滞在するようだ。村人にとってもその方がありがたいだろう。
「まぁまぁ、今日は早く戻って、魚料理を楽しもう」
 やたら上機嫌なのは、今度こそあのいまいちなパン粉焼きに邪魔されずに良質な魚を食べられるからなのだろう。
 ノアとラスターは賑やかな声の方を見た。活動家たちが泣きながら喜んでいる。
「私たちの勝ちよ!」と声がする。
「でも、これでよかったのかな?」
 ノアの問いに、ラスターが首をかしげた。
「どうして?」
「結果的に、彼らは『毒をぶちまけたから』環境改善ができたと思い込んでるでしょ?」
「その先は、彼らや村長の仕事だと思うけどなぁ」
「俺たちの仕事はここまで、ってこと?」
「それに……アイツらが守りたい自然だけが、無傷ってことはないだろうよ」
 ラスターが足を止めた。ノアは目を見張る。
 枯れ草の色が目立つ。秋だから、というわけではない。そこには死が沈殿している。生き物の声すらしない自然が、ひたすら静まりかえっている。
 ティニアモドキが枯れた、というだけならまだなんとかなっただろう。しかし、そこに広がるのは腹を見せて浮く魚、カエルの死骸。ティニアの花そのものも相当弱っている。
「……浄化の魔術が効かなかった?」
「使い手の腕前次第、ってところもあるだろうな」
 ノアが思いっきりラスターの方を見た。
「気づいてたの?」
「まさか」
 ラスターは肩をすくめた。
「毒が効いてきたから分かっただけであって。実際、村長だって気づいてなさそうだったろ?」
「…………」
「ともかく、コガラシマルがばら撒いた魔力は寒さに弱いティニアモドキだけを、アイツらがばら撒いた薬品はそれ以外の生き物……まぁ、結果的に何もかもを等しく殺したってわけさ」
 ラスターはその場にしゃがんで、何かをつまみ上げた。
 ミミズの死骸だった。
「ま、ティニア村の近くはティニアモドキが枯れてるだけだから、何とかなるだろ。それに……」
 ラスターの指に挟まれても、ミミズはぴくりとも動かない。
「変化には犠牲がつきもの、なんて言ってたのは活動家本人じゃないか」
 ミミズの死骸を元の場所に戻したラスターは、前方に視線をやりながら言った。
「蛇がいる」
 立ち上がったラスターが、ノアに陸の一点を示す。
「どこ?」
「あの木、あるだろ? そこから斜め右下に視線を下げて……」
 ノアは指示通りにした。彼の言うとおり蛇が居た。
 ……動く気配も、隠れる気配もない。


 翌日。
 朝から魚のムニエルというのはなかなか洒落ているな、とノアは思う。テロス新報は朝の一面大見出しでティニアの花の騒動を報じた。キュローナ村の水源管理体制、誤った思い込みをする活動家たち、そして、消えた集落について……。
 あの問題の全てに広く触れた記事ではあったが、ただひとつ、ティニアモドキが枯れた理由については「薬品の影響」と報じられていた。

 後日、ヒョウガから「本当に大丈夫ですか?」「オレ、逮捕されたりしませんか?」「コガラシマルは『問題ない』って言ってるけど……」という手紙が届くのはまた別の話。


(一方その頃。)


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)