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【短編小説】見栄を張る #3

 こちらの続きです。

 ラスターは細長い石を自分の指に添えるようにした。右の人差し指。ラスターの指よりも細く華奢だ。
「ドラゴンの中で、石化の術か何かを使えるやつは――」
 ラスターの言葉は続かなかった。ノアが全力でラスターを突き飛ばしたのだ。右の洞穴から一直線に飛んできた魔力の塊。それがもはや予測の答えである。ラスターは体を強かに打ち付けたがそれどころではなかった。
「ノア!」
「俺は平気!」
 質量のある何かが奥で蠢く音がする。僅かに地面が揺れているのが分かる。人の悲鳴が混じる。思わず飛び出そうとしたノアの腕をラスターが引いた。
「ダメだ、あんたも巻き添えを食らう」
「でもこのままだと全滅だ!」
「石化の魔術ってのは、生き物の身体にある魔力を石に変換させる呪いの一種なんだろう? 分が悪すぎる。それに……」
 右の道に入っていった同業者が転がり出てきた。既に全身の大半が石になっている。転んだのも脚が固まったからだ。
「手遅れだ」
 運よく石化魔術を回避できた同業者たちは我先に巣穴の外へ向かっていく。逃げは正しい判断だ。自分たちの手に余るのであれば、他の適材が対処してくれるのだから。
「身体が砕ける前にドラゴンを退治すれば間に合う。急ごう、時間はかけられない」
「対策は? なにも考えずに突っ込んでいったらここらのバカと変わらないぞ」
「……そうも言っていられない。あのドラゴンは固めた生き物を巣の材料にする」
 確かに、巣になってしまえばもうおしまいだ。石化の身は元の身体から欠損が生じた瞬間本物の石になってしまうのだから。
「体内の魔力を石にするんだよな?」
「うん。そうだけど」
「じゃあ、俺は石にならないってことか?」
 ノアが沈黙する。確かに魔力を持たないラスターならあの光線を食らっても石になることはない。だが、ラスターが本来得意とするのは陽動や奇襲。ドラゴンとタイマンを張れるほどの実力はない。それに、石化しないとはいえあれは炎の一種。まともに食らえばとんでもないことになる。大やけどで済めばいい方だ。
「なんでこんな手に余るようなドラゴンを呼んだんだろうね……」
「ドラゴンを選ぶことはできないからこうなったんじゃないか?」
 ふと、ラスターは洞窟の外に目をやった。ノアもつられて同じ方を見る。にわかに外が騒がしい。大勢の雄たけびが聞こえる。
「自警団だな」
 ラスターの一言にノアは思いっきり振り向いた。
「斥候部隊が上手い具合にドラゴンを削ったと思ってるんだろ。……」
 ノアはピンときた。ラスターが会話に不自然な間を置くとき、たいてい悪知恵が働いている。
「ギルド構成員を全員は救えない。だけど犠牲を少なくすることはできる」
「……自警団の人たちは?」
「俺の中では、数に入ってないな」
 こういうところが実にラスターらしい。ノアは息をついた。代替案が出てこない以上、ここで議論をしても仕方がない。
「ひとまず一時撤退しよう」
 ノアは頷いた。ドラゴンが住まう穴から石化ビームが飛んでこないことを祈りつつ、二人は巣穴の外に出て、草陰に身を隠した。自警団の面々が突撃していくのが見える。彼らの目が狂ったように勝利を確信していたので、ノアは少しだけ寒気を覚えた。
 ラスターのペンダントから影が伸びる。影の魔物・フォンが山の探索に向かったようだ。
「生存者が集まってる場所がある」
「どこ?」
 答えようとしたラスターだが、洞窟の奥から断末魔が聞こえてきたので思わず黙り込んでしまった。二人は顔を見合わせる。
「……俺たちが上手くドラゴンを消耗させていると思い込んで、よっぽど自信満々に突撃したんだろうなぁ」
 金属のぶつかる音がする。誰かの怒号が濁って聞こえてきた。ラスターが眉をひそめた。
「……なんか、思っている以上に誰も出てこないな」
「騎士団にあこがれている自警団なら、撤退を絶対悪に考えていてもおかしくないだろうね」
「なるほどねぇ」
 洞窟の入り口から石が転がり落ちてきた。大きな細長い石だ。ぱっとみたところ、腕によく似ている。
「さて、どうする?」
「どうする、って……」
 ノアはそこまで言いかけて、先を言わなかった。ラスターが代わりに口を開く。
「今なら簡単に倒せる・・・・・・と思うぞ」



 洞穴の奥に目当てのドラゴンはいた。体表に細かい傷が目立ち、流石に虫の息に見える。ノアやラスターが突撃しなくても死ぬ可能性があるが、憶測での判断は禁物だ。足元には石化した人間がごろごろと転がっている。彼らが元に戻るかどうかはドラゴンが死なないと分からない。ただ、石になった連中が魔物退治屋なのか自警団なのかは容易に判断がついた。
 ラスターが音もなく投擲ナイフを取り出す。ノアも剣を抜いた。
 ――それだけで十分な合図になる。
 ラスターの投げた刃がドラゴンの目を貫く。どうやら致命的な一撃を回避する余裕もないらしい。痛みに仰け反った巨体にノアが突進する。走りながら身体強化魔術を展開し、剣にも魔力を付与し一撃の威力を上げる。ラスターはドラゴンの動きを牽制し、残りの目を潰すために攻撃を重ねた。外れたとしてもそれでいい。「目を狙う輩がいる」という圧があるだけでもノアが動きやすくなる。
 ドラゴンは例の石化の炎を吐こうとしているらしいが、どうやら弾切れらしい。小さな揺らめきがほろりと溶ける程度ならノアが浴びても大した影響はない。しかしドラゴンはドラゴン。でたらめな一撃でも大けがの危険性はついてまわる。
 咆哮が空間にこだまする。ノアの一撃がドラゴンの首を抉ったのだ。崩れ落ちた一瞬の静寂をラスターが見逃すはずもない。ついに両目を潰されたドラゴンがやたらめっぽうに暴れまわる。鼻がひくついている。匂いで居場所を探ろうとしているのだ。ラスターはそこら辺に転がっていた石をドラゴンの顔めがけて投げた。
 踏みつぶされた人の像が転がる。時に砕ける。ドラゴンが吠えたその瞬間、ノアが魔弾を放つ。
 ラスターが感嘆のため息をついた。そのくらい鮮やかに、魔弾はドラゴンの胃へ招かれた。
 一瞬の静寂の後、胃の中で魔力が爆ぜる。いくら皮膚が堅いウロコに覆われていたところで、内臓はそうもいかない。
 巨躯はゆっくりと力を抜き、その場に崩れ落ちた。
「……外が、」
 ラスターが口を開いた。
「外が騒がしい」
「退治屋のみんなかな」
 ノアが息を整えながらドラゴンの様子を伺う。魔力が解けていくのが分かる。無事な石像がもとに戻るのも時間の問題だろう。
「おい、大丈夫か!?」
 先陣を切って表れた女戦士は、ぐったりと倒れたドラゴンを見て目を丸くした。
「二人でやったのか?」
「俺たちが見たときには既に・・消耗していたんだ。そうじゃなきゃ二人でドラゴン退治なんてできない」
 ラスターの悪知恵はこれだな、とノアは思った。自警団がノアたちを使ってドラゴンを消耗させようとしたようにして、ラスターは自警団を使ってドラゴンを消耗させたのだ。作戦としては上手くいっているが人間性は疑われるだろう。
「石になった面々を助けるのなら、早い方がいいってうちのリーダーが言ってたからな」
 ぺらぺらと調子のいいことを並べるラスターの前で、むくりと石像だった人が起き上がった。
「リード!」
 どうやらこの石像は女戦士の相方らしい。見ればあちこちで感動の再会が繰り広げられている。ノアは浄化の魔術を放った。急に密度の上がった空間では息がしづらくなる。
 一人が洞穴の外へと向かい、続いて他の人々も続く。ドラゴンを解体したいメンバーだけが洞窟に残り(ちゃっかりラスターも参加していた)、ノアは先に外へと出た。
 残念なことに、元に戻れない人々もいた。その大半は自警団の人間たちだ。
 ……石化の魔術は「欠損」を鍵に完成する魔術。魔物退治屋たちはそれを分かっている。もしも石化の魔術をまともに食らってしまった場合は、即座に体を丸めて折れにくい形を作り上げるのが最優先だ。
 そう。この自警団の人のように、剣を掲げ、力強くドラゴンへ吠えるなんてご法度。味方を奮わせるポーズをとっている場合ではないのだ。
「ドラゴン仕上がったよ! みんなはどこがほしい?」
 薬師らしい少年が洞窟の中から出てきて、ノアたちに声をかけてきた。真っ先に反応したのは例の女戦士である。
「解体した人たちで分けなよ、アタシたち何もできてないし」
「えー、折角だしもらっていってよ。おっきいドラゴンだから、みんなで分けて持って行かないと大変なんだ。お肉はこれから外でキャンプ地を作って、片っ端から加工しなきゃならないし」
 ノアは洞窟の中を覗き込んだ。濃厚な血の匂いがするかと思いきや案外そうでもなかった。ドラゴンの血は錬金術の貴重な素材であるため、余すところなく回収したのだろう。
「それなら、ドラゴンの牙でも貰おうかな。小さなナイフくらいにはなるだろうし」
 洞窟の奥から声がする。「どーして両目を潰しちゃったの!」という苦情にラスターが「食われそうになったからですー」と言い返している。そういえば、ドラゴンの目は宝石に加工できるんだったな、とノアは思い出した。
「自警団の連中は全滅かい?」
 女戦士がノアに問いかけた。
「分からない。彼らはみんな石化の対処を知らなかったから、可能性は高いと思う」
「ああ……確かに、かっこいいポーズを決めてる連中が多かったからねぇ」
 女戦士は納得した様子で何度も頷いた。そのときだった。
「生きてるぞ」
 洞穴から出てきたラスターが、気絶した男の身体をこちらへ蹴とばしてきたのは。


To be continued



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)