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【短編小説】お望みのままに

 N国には有名な花の群生地があった。優雅な白の花びらは日の光を受けると虹色に輝き、幻想的な風景を作り出す。春が来ると、人々はその花を見るためにこぞってこの場所に来ていた。
 しかし、ある時を境に花の数は減っていった。水質汚染の影響で花の群生地は徐々に標高の高いところへと移っていった。そのことが報じられると、N国の人々は酷く嘆き、悲しんでこう言った。
「なんて弱い花なのだろう。この程度の水質汚染ですぐに咲かなくなるなんて」
「花が咲かなくなったのは水質汚染が影響しているが、水質汚染のせいではない。花が弱いのが悪いんだ」
 その声が届いたのか、花は水質が悪化した区域でもちらほらと咲くようになった。人々は喜んだ。
「それみろ、やればできるじゃないか」
 水質が悪化した区域で咲いた花は、花びらが僅かに黒ずんでいた。しかし、光を受けて虹色に輝く性質だけは変わらなかった。
 人が暮らすのに困らない程度に汚れた水で、花にさらなる変化が起きたのはそれから間もなくのことだった。
 今度は、花が異常に繁殖したのだ。大地を埋め尽くす花々は確かに幻想的ではあったが、その数の多さはいささか不気味である。
「おや?」
 そしてこの日、N国の首都N市で、花の生息が確認された。
「この花で花束を作れるとは思わなかった!」
「数を減らしたときはヘナチョコな花だと思ったが、ここまでくるとなかなかの根性があるな」
 しかし喜びに沸いたのもつかの間、花はN市以外の都市だけではなく、ありとあらゆる土地――それこそ田畑でも増殖していった。穀物や野菜を押しのけて無限に増えていったのだ。
 この年、N国の農作物は深刻な不作となった。人々は大慌てで花の駆除を始めたが、灰色の花びらをうっすらと輝かせる花々はどこ吹く風。どんな薬を撒いても枯れるのは守りたい作物の方。
 そして、N国の大地を概ね覆い尽くした花々に人々は途方に暮れた。明日も対策会議だと眠った人々は、二度と花に悩まされることはなかった。
 朝がやって来た。随分と静かな朝だった。町に人の姿はなく、店が開く気配もない。
 数日経って、隣国のY国が異常に気づいた。彼らはアポなしとはいえ緊急性があると判断してN国を訪問した。
「噂には聞いていたが、随分と沢山の花が咲いているな」
「国民の姿がないのも気になります」
 特派員たちはぞろぞろとN市を歩いたが、誰一人として異変の正体に気がつかず、誰一人としてY国に戻ることはなかった。
 異変の正体を知ることができたのは第二陣の特派員たちだった。彼らはN市に入ると、人の形に群れる花々を見た。N国の大地を埋め尽くし、咲く場所を失った花々はその根をその地に暮らす人々へと向けたのだ。
 一体全体、どうしてこんな化け物みたいな花が生じたのかは分からない。特派員たちはこの暴力的な生命力がいずれ自分たちの祖国にも向けられる危険性に怯えるしかなかった。
「どうしてこんなことになった?」
 そんなことを尋ねたところで、花々が問いに答えるわけもない。ただ、その花弁を仄暗い虹色に輝かせるだけだった。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)