【短編小説】神絵師は死んだ
生産速度も高い。技術もある。ジャンル内で彼女を知らない人はいない。もちろん、彼女より絵の上手い人もいる。生産速度もずっと速い人もいる。しかし、そんなものはこのコミュニティでは道ばたの石ころ程度の価値しかない。
なぜならこのジャンルの絵師の中で最も実力があるのが、Yukiだったからだ。
神絵師は死んだ
次世代型タイムトラベルRPGを謳うソシャゲ・クロノストラベルを推す人間はどうしてこんなにパワーバランスが悪いのか、私は考えたことがある。しかし結局その答えは「運」であるとしか言いようがなく、私はブラックコーヒーへミルクを注いだときの、あのなんとも言えないもやっとしたマーブル模様のような思考を漂わせながらTwitterを開くのであった。
今日もYukiはクロノストラベルのファンアートを上げていて、フォロワーたちがわーわー騒いでいる。私はYukiと最推しの解釈が合わないので彼女のことはミュートに入れているのだが、結局フォロワーの反応で彼女の存在を認識せざるを得ない。
Yukiはあまりにも力を持ちすぎていた。彼女が「アレックスは穏やかそうに見えて実は腹黒」という二次設定を持ち込めばPixivに腹黒アレックスが蔓延り、「メイティはクールだけど実はカワイイものがスキ」という二次設定を持ち込めばTwitterはその話題で持ちきりになる。容姿に自信のないそばかす少女・ミドリはYukiの絵のおかげでそばかす除去手術に見事成功した垢抜け都会デビューレディに生まれ変わっていた。このときばかりは、そうじゃないだろ! と叫んだフォロワーがいたので安心したが、その人はTwitterを辞めてしまった。何故、なんて考えるまでもないが、決してYukiのせいではないと分かっている。
私は適当にクロノストラベルの二次小説を更新して、あとはスマホを投げた。Yukiの二次解釈に吐きそうになったところで同じ穴の狢だ。リリンとナティーという私の推しコンビは所属と属性が同じで、先日イベントシナリオでようやっと一言会話しただけの接点。それを捏造して一緒に任務に向かっただの野営をしただのと好き勝手弄くり回しているのだから、やってることは結局Yukiと同じだ。むしろYukiよりたちが悪いかもしれない。
さて、Yukiが私の小説をTwitterで紹介したと気づいたのは数日経過したときのことだった。
――みちたこさんのクロトラ小説のファンアートです!
そんな一言に添えられたイラストは、やはりねじ曲がったキャラ解釈によるもので、クロトラとCP表記をしているのが何よりの証拠だった。地味に腹立つ。CPじゃなくてコンビだ。
これに対して、作者の私としてはどう反応すればよいのかがわからなかった。
「素敵なファンアートありがとうございます」と嘘をつくのも、
「リリンは別にナティーに甘えたいわけではありません」と本音を吐くのも、
……どちらも違う気がした。さてどうする。無視が一番よくない。どちらもそれとなく伝えたところで、人間は肯定より否定に目が行きがちになる。ありがとうに指摘を添えた場合後者が勝つ。
先ほどからリプライの通知が止まらない。引用リツイートでYukiの絵を示したフォロワーたちが私にファンアートの存在を知らせてくれているのだ。これでは気づかなかったと言い訳はできない。ひとまず「リプライに気づかなかった」「あまりにも通知欄に対して無頓着で……」と笑って(顔文字を使って)誤魔化したが、私が彼女をミュートにぶちこんでいるのがフォロワーにバレただろうか。
私はまず自分の書いた小説を読み返してみた。リリンがナティーに甘えたがっていると読み取ってもおかしくない描写が存在するかを調べるためだ。――結果、ご丁寧に「別に甘えたいわけではないのだが」と添えられていた。まぁそこを「本当は甘えたい」と解釈するのがオタクの悪い癖なのだが……。
作品の批判は作品でするしかない。
私はパソコンに向かってキーボードを打ち込んだ。あの小説の続編で「小学生が読んだとしてもリリンが甘えたがっているとは思わない」ことを示すしかない。オマケ短編です、とでもつけておけば充分だろう。
私はオマケ短編をアップしてから、Yukiへお礼を言った。Yukiからは既読のいいねがついて、あのオマケ短編に対して再びファンアートが来た。しかしそれでもYukiは何をどうしてもリリンを可愛らしい少年剣士として描きたいらしい。確かに言動が可愛らしい彼だが、芯が強い性格なのだ。私が書きたいのはそこであって、Yukiもそれを描きたいのならば私の小説を引っ張り出さなければいいのにと思う。
しかし、変化の兆しは私の目に見えてきた。
「みちたこさんのリリンって別に甘えたがってるわけじゃないよね……?」というエアリプに私は反射的にいいねをしてしまったが、もうあとはどうにでもなれという感じであった。もう自由にしてくれ~。という気持ちだった。
しかしここからが驚きだった。リリンの解釈で界隈が割れたのだ。
「リリンくんはカワイイ少年剣士」派と「リリンくんは芯の通った少年剣士」派は特に争うことなく、それぞれの解釈でそれぞれのファンアートを作り始めた。私の解釈通りのリリンを描いてくれる絵描きがぽちぽちと出てきた。みんな絵上手いじゃねぇか!! と私は転げ回った。確かにYuki程ではないかもしれないが、いや、絵上手いじゃねぇか!! なんで今まで描かなかったんだ!!
リリンの絵は爆発的に流行り、クロノストラベルの知名度も上がった。リリン以外のキャラのファンアートも増えて、私たちはホクホクだった。
しかし、誰一人としてリリンとナティーのコンビには目覚めてくれなかった。何故だ。
接点がないからか。
ちくしょう。
気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)