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【短編小説】水面から顔を出して

 足音をわざと立てて歩くのはわりと疲れる、とラスターは思った。盗賊兼情報屋兼何でも屋という職業柄、自分の居場所をお知らせするような振る舞いはしたくない。とはいえ日中の大通りを忍び足で歩くほどバカでもない。口笛で流行の歌を吹きながらそれらしく歩いていると、井戸端会議に盛り上がる婦人の集団を見た。
「あのアンヒュームたちが街を破壊した事件があったでしょう? 私ほんとに怖くて怖くて」
 それに八百屋の婦人が笑う。
「アンヒュームなんてね、見れば分かるんですよ。私はね、長らくいろーんな人を見てきたんですから。アンヒュームはね、目を見ると分かるんです」
「目を?」婦人たちは色めき合った。
「そうよ。目を見るの。目を見るとね、アイツらの瞳は腐った魚のはらわたみたいにドロドロに濁っているんですよ。すぐに分かりますから」
 ラスターは少し彼女らを冷やかしたくなった。まぁ悪いことではないだろう、先に手を出したのはあちら側だ。そうときまれば、手を軽く上げて挨拶をする。八百屋の婦人が少し息を飲んだ。
「失礼、ご婦人方。この近辺に花屋はありませんか?」
 ラスターは八百屋の婦人の目を見つめながら問いかけた。
「はっ、花屋ですか? 花屋……」
 決して悪い方ではない顔立ちの青年に見つめられて、八百屋の婦人は年甲斐もなくモジモジした。
「ちょっと、何照れてるのよ!」
「ごめんなさいねー、お兄ちゃん。花屋はそこの通りをまっすぐ行って、右に曲がるとすぐよ」
 菓子屋と雑貨屋の婦人がファインプレーを見せる。ラスターは「ありがとう」と爽やかに告げて花屋の方へと歩き出した。背後から「ヒャー」という声がする。少し振り向くと八百屋の婦人はまだ照れていた。ぶくぶく膨れた両手で顔を覆っていた。もしかしたら、ラスターの双眸に腐った魚のはらわたを見たのかもしれないが。
 
 アンヒューム。古代語で「愛のない者」を意味する、生まれつき魔力を持たぬ者たちへの蔑称。聞き慣れた言葉ではあるものの、当事者としてはあまりいい気分にはならない。
 婦人から教わった花屋を素通りして、ラスターは本来の目的地で足を止めた。先日アンヒュームの過激武装組織が暴れ回ったとされている現場の跡地だ。魔力を持たず、魔術を扱えない彼らは道具を駆使して生活をしている。ラスターもそうだ。手先が器用で助かった、と思う。
 この街の領主はどうも優柔不断で、アンヒュームを無差別に引っ捕らえて追放するようなこともしなければ、テロの調査に本腰を入れるということもしなかった。そもそもこの爆発自体が魔術によるものなのか道具によるものなのかも判断がついていないことになっているが、治安部隊の見立てでは道具によるものだそうだ。
 理由その一。爆弾の燃えがらが残っていたから。しかし今はもう残っていない。調査団が持ち帰って調べているのであればそれに超したことはないが、おそらく先にやってきたどこぞの誰かが貴重な証拠を捨ててしまっている可能性の方が大きい。
 理由その二。こっちの方がやや説得力がある内容だが、そもそもテロの現場が魔女の銅像を飾ってある広場の時点で十中八九アンヒュームの仕業だ。この女――原初の魔女はこの世界の人々に魔法を与えた聖女として時折祀られているが、魔力を持たない人は魔女の寵愛を受けなかった、という解釈がされている。故にアンヒューム愛のない者である。
 ラスターのすぐ傍で、蹲っていた老人が泣いている。手には聖女の札があった。魔女の熱心な信者のようだ。
 広場には同業者らしい連中が勝手に入り込んで、ああでもないこうでもないと色々調べているようだった。それなら、とラスターも遠慮無くお邪魔する。一人がこちらに気がついた。冷たい視線を感じるが、連中に注意を受けるいわれはない。「じゃあアンタたちは許可をもらったのか?」と言えばあっという間に黙るだろう。
 ――こういう気の滅入る依頼をやっていると、なんとなく人が恋しくなる。さっさと帰ってノアに会いたい。
「おい、お前」
 先客に声をかけられて、ラスターは振り向いた。
「お前、アンヒュームだな?」
 ヒィ、と声がした。先程の老人が腰を抜かしていた。
「何を根拠に?」
 ラスターはヘラヘラ笑いながら答えた。
「お前はここに入るとき、聖女様への礼を示さなかった」
「おいおい、そりゃあまりにも短絡的では?」
「ここには特殊な魔方陣を敷いている」
 あ、こりゃマズいパターンだ、とラスターは感づいた。
「体内の魔力に作用して、聖女様への礼を示したくなる呪いが付与されている。お前はここに入るときどころか、入ってからもそうしなかった。もう一度問う。――お前、アンヒュームだな?」
 ラスターは思う。
 ――こいつらバカだな、と。
 ラスターは少し顔を伏せて、少々わざとらしく嗚咽をこぼした。
「お、俺はアンヒュームじゃない。病気で体内の魔力が、体内の魔力が減っていて……」
 相手の様子を見ると、しまった、という顔をしている。チョロいもんだと心の中で舌を出した。
 相手は申し訳なさからなのか、知っている情報を全部こちらに寄越してくれた。


「……ということで、やっぱり領主さんの想像通りでしたよ」
 領主は喉の奥で何とも言えない音を鳴らした。
「このまま何も対策をしなければ、過激派のアンヒュームは街で破壊行動を続けるでしょうね」
 三足す五が八になることが分かっていても、何故八になるのかを調べるのがラスターの仕事だ。ここではとてもじゃないが言えない手段で調べた結果も、上手く組み込んで依頼主に報告する。
「過激派の拠点も調べておきましたので、あとは新たに依頼を出すか……被害の全容が分かっておりますので、王都騎士団に要請を出せば動いてもらえると思いますよ」
 しかし肝心の領主が煮え切らない。一年程前に先代領主が大往生……というのは大分記憶からすっ飛んでいたが、おそらく今回の事件もそれが原因だろう。というのもこの領主、父親である先代が新ヒュラス教の信者。アンヒューム死すべしの父親に対して、息子はアンヒュームに対して穏健派ときた。今までやれ弾圧だやれ迫害だと思いつく限りの手段を使ってアンヒュームをいじめ抜いてきたというのに、この息子は方針を見事に転換させて半端なアンヒューム保護に動いている。
 住民が不安に声をひそめる気持ちも分かる。当事者としては「性善説ってのをあんまり信用しない方がいい」と言いたい。
「それにしても、どうして領主さんはアンヒュームの保護を?」
 ラスターの問いに、ぱっと顔を上げた領主には怯えの色が見えた。ラスターは愛想笑いを貼り付けた。「あ、俺、単に好奇心で聞いてるだけですー」「ちょっと気になっただけでぇー、深い意味はありませんからー」という文字を顔面に並べる心づもりを取る。
 領主にそれが伝わったらしい。彼は椅子に深く腰掛けながら口を開いた。
「……娘が、アンヒュームだったからです」
 ラスターは、その答えに少し落胆した。
 所詮、まぁ、そんなものである。

 ――ああ、やっぱり帰ったらノアの顔が見たい。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)