見出し画像

【短編小説】ご丁寧な自己紹介

 R大学マンガ研究サークルは、サークル誌の原稿作業も終わり、あとはコミケに向けて各々体調を整えておくのみとなっていた。
 ソシャゲのイベント周回をしていたJ子は、背後で新作アニメの話題で盛り上がる男性陣の会話をBGMに、誰を育成しようか迷っていた。推しにはもうつぎ込めるだけつぎ込んでいるので、次はヒーラーがいいかな、等と考えていた。集う部員の人数は普段よりも少ない。期末試験の勉強のため、三部屋隣の自習室に皆行っているのだろう。
 J子も勉強しに行ってもいいのだが、今日は気分では無かった。いつもなら隣にはU美がいるのだが、彼女は今諸事情でマンケン(マンガ研究会、の略称なのだが、J子はこれが外部に意外と通じなくて驚いた)を休んでいる。部長に「U美さん、何かあった?」と聞かれたのだが、J子は知らないと答えた。それは「事を大きくして、C奈を傷つけたくない」という本人の希望だった。
「ねぇ、ちょっと読んだ!?」
 急に隣に気配を感じたJ子が跳び上がる。そこには鼻息を荒くしたC奈が居た。
「読んだって何を?」
 J子は推しに必殺技の指示をしながらC奈に質問を返した。
「U美の新作よ、サークル誌に掲載されてた創作マンガ!」
 鼻息の荒いC奈は、乱暴に開かれたサークル誌をJ子に示す。J子は周回をやめてそのページを見た。見なくても分かったが。
「これがどうかした?」
「どうしたもこうしたもないのよ、アイツ、私のことネタにした挙げ句悪人に仕立て上げたんだから!」
 鼻息荒いC奈は「ここよ、ここ!」と吹き出しを指し示す。そこには「低評価をもらうのはアンタの普段の振る舞いが悪い」と書かれていた。
「これ、アタシがU美に言った台詞まんまなんだけど!?」
「あー、えー……? そうなの?」
 J子は適当に返事をした。
「話自体も、なんか『自分は正しい、C奈が悪い』って主張が透けて見えるし最悪! マジでアイツ性格悪すぎ!」
 J子は「あーあ」と内心がっくり来た。そしてこれは不可抗力だと言い訳した。
 ずっと勝利ポーズを決めていた推しをタップ数回で解放し、J子はU美の描いたマンガをもう一度読む。

 ――マイナージャンルで同人活動をしていた女性、たるらる(ペンネームだ)は、中堅絵描きとしてそこそこ評価されていたがアンチに悩むようになる。アンチに心ない言葉を言われて傷ついた"たるらる"は、ネット上で仲の良かった女性、コリチンカン(これもペンネームだ)に相談する。すると"コリチンカン"は先ほどの台詞を言い放ち、"たるらる"が調子に乗っているとあまりにも的外れな忠告をするのである。
 落ち込んだ"たるらる"に、Twitterのフォロワーやpixivのユーザーがやさしい声をかける。"たるらる"は立ち直り、新刊を作る決意をするのであった。

 という創作マンガだ。別になんらおかしなところはない。話の構成もよくあることだし、そもそもC奈がU美に言い放った暴言は低評価云々ではなかった。J子はその現場にいたわけではないのだが、U美がTwitterの鍵アカ(普段は男性キャラ同士の濃厚な絡みに関するネタを記載する用のアカウントだ)で落ち込んでいるのを見かけたため、そこで事情を知っただけである。
 U美はよっぽどショックだったのだろう。C奈に言われたことを一言一句思い出せる程度には。もうちょっと上手い言葉をかけてやればよかったと思うと同時に、J子はU美が昇華した作品のクオリティに感嘆した。
「こんなの名誉毀損でしょ! アイツ絶対許さない」
「名誉毀損も何もないと思うけど、だってこれアンタだってぱっと分からないもん。せいぜい当事者が『あっ、これあの時のがネタか』って思うくらいで」
 よく見ると、終盤で皆が優しい言葉をかけてくれたシーンでJ子のリプライがオマージュされているのを見つけた。J子はすこしくすぐったくなった。
「ていうか、酷い言葉をかけたっていう自覚あったんだ」
「は?」
 C奈の威圧感が増す。J子は心底面倒になった。
「そうじゃなきゃ、これを自分だって思わないでしょ。あんたは自分が正しいと思ったからこういう暴言を吐いたんじゃないの?」
「今でも正しいと思ってるし間違ってるのはU美だよ、でもU美が被害者ヅラしてこうやって私を侮辱して陥れようとしてるんだよ! これコミケで頒布するんだよ!? 私悪くないのに!」
 むふー、むふー、と興奮で拡張と縮小を繰り返すC奈の鼻の穴から、毛がはみ出ている。何一つとして面白くないどころか心底不愉快である。J子は頭をぼりぼりと掻いて、明後日の正午に終わるソシャゲのイベントの事を思った。今日ガッツリ周回すれば間に合う予定だったが、明日でなんとかなるだろうか。
「まぁ、事情を知らない人が読んでもC奈だとは分からないよ。U美のことを知っている人が読んでも、これがC奈だとは分からなかった・・・と思うよ」
 J子は「かった」の部分をあえて強調した。そしてU美が何かを言う前に言葉を続けた。

「あんたね、自分の声のデカさ自覚した方がいいよ。あんたがわめいたの、この教室は勿論、三部屋隣の自習室にも聞こえてると思う。今この時点でこの作品を知っている人、ほぼ全員が背景を知っちゃっただろうね」

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)