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【短編小説】汚れた酒場にて

~読む前に~
※「汚れた酒場にて」には暴力表現があります。閲覧の際にはお気をつけください
※この小説を読んだことによって生じた全ての不利益に関して、作者は一切責任を取りません
※「壊れた酒場にて」の続きになっていますが、読んでいなくても問題なく楽しんでいただけるようになっています


 コバルトは、ため息をついた。
 定刻きっかりに来いと言われて指示通りにしたらこれだ。路地裏の――名前もない酒場でやることと言ったら酒盛りかポーカーと相場が決まっているのだが……。
「あっ、来た来た! もー、遅いってぇ」
 ニコニコご機嫌のラスターが手を上げる。足下にはやたら大きな袋がこれ見よがしに置いてある。彼の傍では腕を後ろ手に縛られた男四人が並んで正座をしていて、そのうちの一人は太ももをラスターの足置きとして提供していた。いや、させられていた。
 テーブルや椅子は乱雑に隅っこに追いやられていて、ここを酒場と呼ぶには無理があった。そういえば一ヶ月前に閉店した店舗だったな、とコバルトはそんなことを思い出していた。
「全員集めてふん縛ってやった、聞きたいことがあればどうぞ」
 しれっと言ってのけるラスターに、コバルトは顎が外れそうになった。
「待て……ちょっと、早すぎやしないか?」
 彼がそう言うのも無理はない。ラスターに依頼を出したのは三日ほど前の夜。仕事が早いとかそういうレベルの話を超えている。
 戸惑うコバルトに、ラスターは笑い声を上げた。
「何、質問用意してなかったの? テロス新報の新人記者だったらクビになっちゃうぞ。じゃあ俺から先に聞くわ」
 ラスターは足置きにしていた男の頭に、ナイフの柄を押しつけながら問いかけた。
「まず自己紹介ね。挨拶は元気よく! お名前と主なお仕事を教えて下さい。じゃあ足置きのアンタから」
 男は答えない。代わりに、ラスターから目を逸らして地面につばを吐いた。半端な反発だな、とコバルトは思った。
 ラスターは即座に、男から没収したらしい銃を彼の膝先付近目がけてぶっ放した。
 どがん、という質の悪い銃声に男らは勿論コバルトも震え上がった。
「次は頭を撃つ」
 それを聞いた隣の男が泣き出した。
「泣くなよぉ、嘘をつかずに上手に自己紹介できたら撃たないって」
 あはは、と笑いながらそんなことを宣うラスターは再度問いかけた。「お名前は?」
「……キール。主な仕事は、薬の密売」
「それだけ? ドゥーム派の末端ってそんなことしかやることないの?」
 ラスターが引き金をカチカチ言わせた。
「……敵対者を捉えて、拷問、処刑の、執行」
 可哀想に。男の声はこれ以上ないくらい震えていた。コバルトは心の中で、これっぽっちも信じていない神に宛てて祈った。声より何より、先ほどから縛り上げられた四人の男が救いを求める目でこちらを見てくるのが辛い。
「今の聞こえたか?」
 ラスターがコバルトに質問を投げた。コバルトは素直に「少し聞き取りづらかった」と答えた。
「だってさ」
 二発目の銃弾が床に放たれた。それが何を意味するのか……ここに居る輩は皆、嫌というほど理解している。
「ではお隣の君、どうぞ」
「スペード」二人目の男は嗚咽混じりに名乗った。「薬の、原料の、栽培っ、あと、敵対者の、捕縛っ……それだけ、それだけだ!」
「うーん」ラスターは首をかしげた。
「一つ足りないね」
 コバルトがラスターの顔を見た。彼は笑顔を崩していないが、目が全く笑っていない。
「それだけだ! 他には何もしてない!」
 ラスターは何も言わず、わめく男の太股にナイフを突き立てた。けたたましい絶叫が酒場に響き渡る。ラスターがあんまりにも自然に男を刺したので、コバルトは目をぱちくりさせた。
「アンタも拷問やってたでしょ? 加減を間違えてギルを殺したくせに」 
「あああああ、あああああああ、あああああああ!」
「これが正しいやり方ね。これ以上刺すと大事な血管傷ついて死ぬからほどほどに。はい、では次の君」
 三人目の男はおろおろしていた。隣で太股を指された男が叫んでいる。ラスターはもう一本ナイフを取り出して、叫ぶ男の喉元に刃の先端を宛がった。
「他の人が話してる間は静かにしましょうね?」
「あっ、ああっ……はぁっ、はぁっ、ああ、」
「いいコいいコ」
 痛みに喘ぐ男の頭を撫でたラスターは、三人目の男に「どうぞ?」と言った。
「り、リック……。俺は、薬はやってない。み、密偵の真似事をしていた。あんたらの仲間のうちの一人を、ごっ、拷問した」
「ふむふむ。キチンと自己紹介できてエラいエラい。スペードくんも上司・・を見習ってね」
 太股を刺された男はガクガクと頷いた。リックと名乗った男の顔からは血の気が引いていた。
「じゃあ四人目の君は――」
「俺は関係ねぇ! 俺はこいつらに頼まれて参加しただけだ! 丁度あの酒場にツケがあったから、ツケがチャラになるってだけで参加しただけだ! 拷問だのなんだのは関係ねぇ!! とっとと縄を解け!」
「うん、知ってる」
 ラスターはそう言って喚く男をぶん殴った。
「大人しくしててね? では次の質問に――」
「痛ぇ! 痛ぇ! クソッタレ!」
 喚く男を一斉に他の男たちが見た。ラスターも呆れた様子でため息をつく。
「なぁー、コイツ必要? どう思います?」
 ラスターの問いにコバルトは目を逸らしたくなった。
「ひとまずそのままにしておけばいい。……終わるまでの辛抱だよ、青年。そうじゃなきゃお前さんの太股にもナイフが立つ羽目になる」
 コバルトの言葉に、喚く男はぴたりと黙った。
「では気を取り直して質問タイムー。ぱちぱちぱちー」
 コバルトは気が滅入った。元々自分の専門は暗殺だった。こんなねちっこく人間を追い詰める仕事はあまり好きではない。もう、そんなことも言ってられないのだが……。
「じゃあドゥーム派の動向について教えて貰える?」
「それは、できない」キールと名乗った男が口を開いた。
「へぇ?」
 ラスターが嗤った。
「喋ったらどのみち殺される。ここで黙したまま死ぬか、洗いざらい喋って死ぬかの違いだ」
「ホントに何にも変わらないと思ってる?」
 そう言ってラスターは自然に銃を構え、無関係だと喚いていた男の頭を撃ち抜いた。
 男の体から力が抜けて、首がかくんと落ちた。
「はい即死」
「…………」
 絶句するコバルト。微笑むラスター。いよいよ声を上げて泣き始めるスペード。
 地獄だ、とコバルトは思う。もうちょっと穏やかにやってほしい。そんなことをラスターに言ったところで聞き入れてはくれないのは目に見えているが。
「俺は一発で楽にしてやれるけど、あんたらのところはどうだろうなぁ。きっと見せしめに爪を剥いだりとかそういうことをするんだろうなー」
「…………」
 黙するキールに対して、口を開く男がいた。
「言う! 言うから! 計画決行の合図は広場の鐘の音だ、夜の九時、それも月に一回鳴る特別なやつ! それが鳴ったら酒場で俺たちは爆弾を起動させて、それで全員爆死させて、出てきたヤツはみんな――」
「黙れスペード! お前ドゥームを裏切るのか!」
「うるせぇ! どうせ助けてくれねぇんだ! だったら楽に死ぬ方がいい!」
 ふむ、とコバルトが目を細めた。一ヶ月後の決行というのは間違いないらしい。
「この馬鹿! ドゥームに所属したときの誓いを忘れたのか!」
「こんな状況で誓いがどうとか言ってる場合か!?」
 ラスターがまた銃を撃つ。床に再び弾が食い込んだ。
「キールくん、他の人が喋ってる間は大人しくしていようねー。そうじゃないと俺はアンタの頭か何かを打ち抜かないとならなくなっちゃうから」
 銃口から静かに煙が立ち上る。スペードは息を荒くして、彼が持つ情報の全てを吐いた。キールはやけに大人しくなって、スペードの裏切りを黙って聞いていた。リックはずっと、先ほどラスターに撃ち殺された男の顔を見つめている。
「今の情報メモしました? オッケー? 聞き漏らしたことはない? キールくんは何か追加情報ある?」
「ないよ」
 キールは変わらずダンマリだったが、ヘトヘトになっているコバルトは、もうなんだか投げやりに返事をした。これでラスターに撃ち殺されてもそれはそれでアリだ。と思っていたところに銃声が聞こえたのでコバルトはその場で跳ね上がった。撃たれたのはキールだ。
「ついうっかり」
 他人の頭をまたブチ抜いて、ヘラヘラ笑っている男が自分の味方でよかったと、心底そう思う。
「ところでスペードくんさぁ」
「全部言いました!」
「うん、分かったから最後まで聞いてね」
 ラスターが、スペードの太股に突き刺さっているナイフを軽くつつきながら続けた。
「ギルを拷問したときのこと、もうちょっと詳しく聞かせてよ。何でアイツを狙った? アイツはあんたらにちょっかいを出してはいなかったのに」
「が、ガートと一緒に居たから! 関係があると思った!」
「あっそう」
 ラスターの手がスペードの太股のナイフを掴む。一瞬強く押した後、彼は笑顔で問うた。
「俺の言ったこと覚えてる?」
 答えを聞く前に、ラスターはナイフを勢いよく引き抜いた。
「…………」
 コバルトは頭を抱えた。許されるものならこの場で胃の中の物を全部出してしまいたい。理由としては目の前にある光景そのものではなくて、それを作り出す男の悪趣味さだ。想像を超える出血で完全にパニックになり、叫びまくるスペードの声は即座に聞こえなくなった。コバルトが視線を戻すと先ほどまでスペードの太股に突き刺さっていたナイフは今、彼の喉笛に食い込んでいた。
「さて、しばらく放置していて悪かったね。リックくん」
「……殺せ」
「なーに言ってるの、俺があんたを殺すわけないじゃないか」
 説得力がない、とコバルトは思わず呟いた。
「今死んでる三人には元々用事がなかったんだ。二人をまとめてたあんたなら、今回の騒動の事情を全部知っているに決まってるんだから」
 ラスターは足下の袋をひっつかみ、ゆっくりと逆さにした。
 落ちる落ちる。訳の分からない薬。爪を剥がす道具。投擲用ナイフ。コバルトも知らない道具も沢山あった。
「ギルとガートが味わった分の苦しみ、これでツリが来るとは思っていないが……夜は長い。たっぷり楽しもうぜ」
 ラスターはまず、薬の入った瓶を選んで、リックにそれを見せつけた。

「さあ、あんたの知ってること……全部教えてくれよ?」




気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)