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ショートショート 置き場

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気ままに書いてますー。
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記事一覧

F*** you very very much 【ショートショート】

机の上に無防備に置かれた携帯は、LINE画面が開いたままになっていた。 マコトは普段、彼女の携帯を見るような男ではない。その時は偶然、浮気相手の男から「アルバム今度聴いてみますね」というメッセージが届いたのだ。嫌な予感がしてマコトは思わずLINEを開いた。 LINEでは、彼女が浮気相手に無名のアーティストを薦めていた。それは随分前にマコトが彼女に勧めたものだ。 黒だ、と直感した。 もしも彼女と浮気相手のやりとりがもっと直接的で、「会いたい」とか「愛してる」とか、そういう恥ず

山頂の静かな朝 【ショートショート】

標高3000メートル。北アルプスの一番高いところにある山小屋で、美鈴は静かな朝を迎えた。時刻は早朝5時。 窓の外を覗くと山一面に雲海が広がっていて、美鈴は急いでジャンパーを羽織って布団から飛び出した。洗面台で顔を洗うと水があまりにも冷たくて、一気に目がさめる。寝床は二段ベッドになっており、まだ寝ている人達を起こさないよう、美鈴はそーっと小屋の外へ出た。 外はまだまだ薄暗くて、吐く息は白かった。空気はひんやりとしていて、歩き出すと土と朝露の匂いがした。遠くで湧き水が流れる音が

くんくん 【ショートショート】

病院の中にあるレストランって行ったことある?あそこって不思議だよね。何を食べても、何を飲んでも、ぜーんぶおじいちゃんの病室と同じ匂いがする。僕はいつもカキフライ定食かカレーライスを注文するんだけど、どんなに美味しそうに見えてもやっぱり病室の匂いがするんだよね。正確に言うと、アルコールと薬の混じったような匂い。とにかく「病院」の匂いがそこら中にこびりついて取れないんだ。あれってなんなんだろうね。 店の蛍光灯は何個か壊れていて、ソファーは座り心地が悪くて、テーブルにはボロボロの

透君の文章 【ショートショート】

透君の書く文章が好きだ。 彼の文は、削って、削って、どれだけ少ない文章で人の心を動かせるか、というのを愚直なまでに追求している節がある。と私は思っている。 透君はSNSを一切やっていない。いつも地道に、キャンパスノートに文章を書き続けている。書いては消し、書いては消しを繰り返してるんだろうというのが分かるほど、何度も消した跡がある。 透君に出会ったのは第二外国語の講義だった。隣の席で熱心にノートを取っている彼がいて、偉いなあとこっそり覗いてみると、小説のようなものを書いて

よき人間にならない 【ショートショート】

歳を重ねていくごとに、私たちは学び、知恵がつき、余裕が出来て寛容になり、”よき人間”になるんだろうか。 答えは、”ならない”。 花奈はそんなことを考えながら、食卓の不味そうな焼きそばを見つめた。最近晩ご飯は炭水化物ばかりだ。野菜はそんなに好きじゃないけど、からあげとか、ハンバーグとか、豚のしょうが焼きとかそういうのが食べたい。以前母にそれを伝えると「豚さんや牛さんを殺したら可哀想でしょ。だからうちでは滅多に食べないのよ」と笑った。じゃあどうして殺生のない野菜は出てこないん

親友の彼氏が、嫌いだ 【ショートショート】

幼馴染の桃ちゃんに彼氏が出来た。桃ちゃんは人よりワンテンポ動きが遅くて、全く怒らなくて、人に気を使いすぎるところのある優しい女の子だった。そんな彼女に大事な人が出来たのだと、私は飛びあがるほど喜んだ。 早瀬という名の彼氏は、桃ちゃんが通う大学サークルの部長だ。 桃ちゃんいわく、少し変わり者で、頭が良くて、人がたくさん集まってくる人なのだと言う。早瀬さんに是非会って欲しいと言われ、私は快く承諾した。 同志社今出川キャンパスにあるカフェで、私たち3人は会うことにした。事前に桃

盆提灯の夜に 【ショートショート】

子どもの頃の記憶は、不思議だ。どんなに歳を重ねても、鮮明に、まるで昨日の事のように思い出せる記憶がある。 小学1年生から高校にあがるまで、私はピアノ教室に通っていた。 京都に住んでいた私は、下鴨神社を通り抜けた所にある、閑静な住宅街で暮らしていた。 その住宅街の中にひっそりと建つ一軒家で、町子先生はピアノを教えていた。 当時、町子先生は確か五十手前だったか。 いつも色違いのウィッグを付け、品の良い化粧をし、柔らかいワンピースを着て、レッスン以外の時間はよく煙草を吸ってい

雨の日、父の豚汁 【ショートショート】

東大阪市、近鉄長瀬駅。 駅から近畿大学に向かうまでの道なりには、小さな商店街がある。その商店街の中にある定食屋の息子として育った俺は、毎日休みなく店に立つ親父が嫌いだった。 子供時代、親父と遊んだ記憶はほとんどない。 親が子供に店を手伝わせるというのはよくある話だが、親父は頑なに俺が働くのを良しとしなかった。俺が少しでも店を手伝おうとすると、「そんなんええから、友達と遊んでこい」とよく追い出された。 そう、親父は多分いい父親なのだ。 でも、いい父親だからと言って、好きに

ある怠惰な女の憤恋 【ショートショート】

いやーまいった。怖い怖い。自分が怖い。 早坂美果は、新宿の紀伊国屋書店のトイレで自分に絶望していた。 今日は確か……徹夜で書き上げた原稿を持って家を出て、駅前の喫茶店で編集者の野村さんと打ち合せをし、最後に新刊を見ようと紀伊国屋書店に立ち寄ったのだ。もう15時だ。 今の今まで、ずっとブラジャーを付けていなかったなんて。 半袖だった。美果はカバンで胸を押さえながらユニクロへ走った。今すぐ下着を買わなければ。この変態女!死ね!恥を知れ!と脳内で自分を罵倒する。 「いやーあは

Forever Young 【ショートショート】

漫喫のドリンクコーナーでホットコーヒーをカップに注ぐと、青田亮平はその場で一気に喉に流し込んだ。時刻は午前4時。コーヒーが全身に染み渡る時間帯だ。 亮平の背後を40代くらいの男性が通り過ぎた。ああ、漫喫の匂いだ、と思った。自分も今こんな匂いなんだろうか。汗と、個室に染みついた煙草の匂いと、あと古本独特の匂い。以前何かの雑誌で、本にはバニラやアーモンドなどの香り成分と同じ化合物が含まれていると書いてあった。確かに自分の服からは少しだけバニラのような甘い匂いがした。 シャワールー

きぼうの味 【ショートショート】

「希望の味って、どんなのか知ってる?」 答えられずにいると、瑞月さんは乱暴に唇を重ねた。瑞月さんと重ねた唇の隙間から煙が流れ出し、俺は思いっきりむせる。瑞月さんは口から煙を出しながら笑い、煙草のパッケージを見せてくれた。 くしゃくしゃの箱に『HOPE』と書かれている。 「もしかして初めて?」 「キスは彼女と一回だけ」 「いや、煙草」 「ああ、それはまあ」 「記念にあげるよ」 大学に入って、初めての彼女が出来た。クラスの飲み会で「どの子がタイプか」という話題になり、特に誰