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透君の文章 【ショートショート】

透君の書く文章が好きだ。
彼の文は、削って、削って、どれだけ少ない文章で人の心を動かせるか、というのを愚直なまでに追求している節がある。と私は思っている。


透君はSNSを一切やっていない。いつも地道に、キャンパスノートに文章を書き続けている。書いては消し、書いては消しを繰り返してるんだろうというのが分かるほど、何度も消した跡がある。

透君に出会ったのは第二外国語の講義だった。隣の席で熱心にノートを取っている彼がいて、偉いなあとこっそり覗いてみると、小説のようなものを書いていた。勇気を出して声をかけるとあっさりとノートを見せてくれた。
彼は在学中、もう何冊もノートを消費しているようだった。
私はその一冊一冊を借りて、夢中で読んだ。

透君が書いているのはどれも日常的なものばかりだった。事件も起こらないし、そこに透君の主張のようなものは何もない。目の前で過ぎていく日常を丁寧に観察して、言葉を慎重に選びながら書き起こしているようだった。初めて透君の文章を読んだ時、自分はここまで「日常」の細部を見つめて生きていなかったということを実感させられた。私はすぐに透君の文章のファンになった。


私には遠藤君という彼氏がいた。

半年前にサークルで出会い、何度か開かれたコンパのような場で話しかけられ、告白され、トントン拍子で付き合った。遠藤君はサークルをいくつか掛け持ちし、オシャレに気を配り、社交的で、可愛い女子が通るとちょっと視線が行きやすい、まあ絵に描いたような普通の大学生だった。

遠藤君はSNSを何個かやっていた。Twitter、インスタ、facebookもやっていた。私はそれを全部フォローした(させられていた)けれど、彼の書く文章は何一つ惹かれるものがなかった。いいねも押したことがない。
そこに流れている文章は、彼の自意識とか主張が強すぎて、要領の良さも現れていて、どうも苦手だった。

ある日、透君のノートが遠藤君に見つかった。前からノートには気付いてたらしく、私たちが受けている講義もたまに覗きに来ていたようだった。遠藤君は私たちの仲を疑い、怒った。私は正直に、「彼の文章が凄く好みだった。でも恋愛感情はない」と伝えた。すると遠藤君は顔を真っ赤にして「知ってたぞ。お前、俺がSNSに書いてること、心の底ではバカにしてたんだろう!」と怒鳴って、そのまま振られてしまった。バカになんかしていなかった。本当にただ、苦手だったのだ。

デートしたり、セックスしたり、そういうことをしたわけではないのに、何故振られてしまったんだろう。私はしばらく考えた。考えたけれど、答えは出なかった。

透君に事の顛末を聞いてもらった。すると透君は「彼が怒るのは無理ない」と言った。「言葉には、その人の人間性や内面が出るでしょ。それって、相手の性格や外見が好きって言われるよりも、人によっては嫌な気持ちになるんじゃない?」
なるほど、と私は妙に納得した。

数日後、遠藤君は見せつけるように同じサークルの女性と交際を始めた。彼の書く文章は苦手だったけど、人としては好きだったので、私はそこそこ傷付いた。でも、それもしばらくするとどうでも良くなった。


講義室。

今日も透君は、私の隣でノートに文章を書いている。時々頭を抱えたり、髪をくしゃくしゃにしながら、閃いた時は嬉しそうに、シャーペンを走らせている。書いては消し、書いては消しを繰り返しているため、その辺に消しゴムのカスがたまっている。

そんな透君の横顔をぼんやり見ていて、私はようやく気付く。

そうか。
もう随分前から、私は彼の事が好きだったのだ。