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いつもそこに

本当に大切な人というものは、なかなかその大切さに気づけない。

だからこそ大切な人達に感謝や愛を伝えられる人になりたい。


私は生まれた時から彼と一緒だった。

彼は、よく泣く子供だった。

お腹が空いては泣き、おむつをかえて欲しいと泣き、眠たいと泣いた。

それから彼はランドセルをかった。

自転車の練習をした。

好きな女の子ができた。

受験をした。

スポーツに打ち込んだ。

一人暮らしを始めた。

社会にでた。

結婚し、子供をもうけた。

仕事に打ち込んだ。

退職した。

孫ができた。

そんな彼は今ベッドで横になっている。

彼は大人になってからは泣かなくなった。

私はそれが少し寂しかった。

彼が無理をしていると思ったからだ。

でも私の声は彼には届かない。

彼も私に話しかけることはない。

けれど今までずっと一緒だった。

私にとって彼はかけがえのない存在だ。

そんな彼はもうすぐ覚めない眠りにつく。そんな予感がした。

だから私は彼に伝わらなくてもいいけれど、彼にお礼を言うことにした。

「今までありがとう。君と一緒に過ごした日々はどんな宝石よりも輝いていたよ。」

これは私の自己満足だ。

すると、彼がベッドにしがみつきながら立ち上がった。

そして私の方を見ながら笑顔で

「こちらこそありがとう。」

そう呟いた。


私の頬を涙がつたった。

私が泣いているのは、泣き虫だった彼が泣かなくなったから、仕方なくその代わりに泣いているんだ。私は泣き虫なんかではない。

けれど私の表情が他の人に見えなくてよかった。

彼は私に気づいてくれていたのだ。


ありがとう。


彼の「影」として生まれることができて本当によかった。


おしまい

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