散歩コースに潜む悲哀

いつもの散歩コースに、窓に障子がなく外から丸見えのお家がある。そのお家のある一室では、いつもオッチャン一人が酒を飲んだり、テレビを観たり、新聞を読んだりしている。長年住んでいるからか、外から見られることに気を向けていないようだ。

ある日、いつものように部屋の様子を軽く覗いて見ると、奥さんと思しき遺影が置かれているのを見つけた。

それと同時に、あの部屋はオッチャンが気を紛らわせる部屋なのではなく、亡くなった奥さんといつまでも共に過ごすための空間だったのだと気づいた。

遺影の奥さんは澄んだ素敵な笑みを浮かべていて、他人の僕の目にも愛おしく映る。

死別の悲しみをいかに和らげられるかという人類普遍の問題は今なお解決されていない。遺影を部屋に置くことで亡き奥さんと空間を共有することはできても、本質的な悲しみは拭えないだろう。

オッチャンの生真面目で微動だにしないその表情にも、何かが溢れているのを見逃さずにはいられない。

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