木曜日連載 書き下ろしチョイ怖第二話『Re:Co゠miu』 第四回
初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
こんにちは、あらたまです。
木曜日は怖い話の連載。
第二話は【御愛読感謝企画】です!!
テーマは『オバケよりヒトが怖い』ですが、ところどころに「クスッ」と口元がほころんでしまうかもしれない仕掛けを施して、皆々様にお届けします。
連載一回分は約2000~3000文字です。
企画の性質上、第二話は電子書籍・紙書籍への収録は予定しておりません。
専用マガジンは無期限無料で開放いたしますので、お好きな時にお好きなだけ楽しまれてくださいね。
※たまに勘違いされる方が居られるとのことで、一応書いておきますと『無期限無料の創作小説ですが、無断転載・無断使用・まとめサイト等への引用は厳禁』です。ご了承くださいませ。
【第四回】
※ ※ ※ ※ ※
「ああああ清々した」
理子は衝動買いしたブランドもののバッグを、ショッパーから出すこともなくベッドの上に放り投げた。
「てか、なにアイツ。意識高いつもり?感染リスクなんてみんな一緒じゃん。私らの世代は死なねぇって言ってんのに……馬鹿じゃないの」
彼女は今日、付き合って二年になる彼氏と別れた。
別れたといっても、相手のLINEに一方的に『私ら無理だわ。別れよ?』と叩きつけただけだが。
巷で悪性の風邪なのかインフルエンザなのか、新種の感染症が爆発的に流行してから彼女たちの関係はどうにも噛み合わなかった。
年の差が十三歳あるというのが、最大の原因だったのかもしれない。彼の方はやたらと「生き延びてこそだよ」と言い、未知のウイルスを恐れ理子への愛を蔑ろにしてきたことに、些かの罪悪感も抱かないとは……こればかりは到底許すことはできなかった。
「キャンプの写真ばっかアゲやがって。ソロキャンなんて嘘なの、バレバレだっつーの」
気分転換だと称したキャンプの様子を伝える写真はほとんどが風景の写真だったが、疑心暗鬼の理子にはフレームの外に居る【誰か】の気配が手に取るようにわかる。
若くて、そこそこの美人で、と来たら頭の中身の方はそうでもないだろう――そう、高をくくってたんじゃないだろうか?
そういう場面は、これまでにも何回もあった。その度に、自分がまだまだ未熟だからと、背伸びをしたり期待通りに拗ねて見せたりをしてきたが、もう我慢の限界だった。
ホント、清々した。もっと早くにキれば良かった……ある意味、人々の物理的分断を招いた流行病は、理子にとっての大きな運命の転換点だったのかもしれない。
「MYKOさん、更新してないなあ。まさか陽性とかじゃないよね……おお!噂をすればpostされてんじゃん!」
元彼のアカウントをブロックしたのち、慣れた手つきでタイムラインをスクロールすると、理子の虚栄心と負けん気を刺激する、彩度が高めの写真が現れた。生活臭を感じさせない調度品のそれらは、地方の温泉旅館だろうか?
いくつかの予想を立ててみたが、それらはどれも理子には信じがたい答えに辿り着く。
「うっそ……MYKOさん、ヤバいんですけど」
『一か月ぶりの更新になります。お久しぶり!MYKOです♥
実はこの度、詳しくは書けないけど……とある場所に脱出しました!だって〇〇区怖いんだもん。マスクしないだけで怒られるんだよ?私の大好きなオシャレで自由でハッピーな東京はどっかにいっちゃった……ここでの私の【御役目】はもう終わりかな。そういうわけでフォロワーさんの協力を得て静かで自由で空気の美味しいトコロに引っ越し☆彡』
写真をフリックすると、MYKOが移住した土地の風景写真が次々と現れた。
見渡す限りの山々に臨む、窓の外には赤土の庭。
かなり上流の方と思われる、川の様子。水しぶきが太陽光を受け輝くさまは、もしかしたらフィルター加工をして無いかもしれない。
そして、森の中にひっそり佇む、大小の石。苔むしているものもあれば、ガラスを含んでいるのかプリズムのように反射光を七色に分解しているものもある。いつだったか、テレビでみた『なんちゃらサークル』のように、規則正しく並んでいるように見えなくもない。
「何県よ、ここ」
新作コスメやスイーツなど、ナチュラルな雰囲気のキラキラ映え写真がMYKOの持ち味だった。しかもそれらの中心には必ず――
「てか、なんかヤバくない?……【自撮りが一枚もない】んですけど」
その瞬間、理子の脳裏に『乗っ取り』の文字が浮かぶ。
しかし、掌の上では通知音がひっきりなしに鳴っており、♥の数が瞬く間にカウントアップされていく。
『お引越しおつかれさまです☆彡もしかして山、買っちゃったんですか?』
『オーガニックな暮らしがしたいって仰ってましたもんね、ピンチをチャンスに変えるMYKOさん、さすがです』
『癒されるう!』
流れていくコメントは、いつも通りの熱量を持った常連たちのものだ。拍子抜けするくらい、誰もが【いつも通り】だった。
「だよね……変な広告とかエロ画像じゃないし」
理子も♥を押した。いつも通りに。
やっと。ここまで辿り着いたのだ。
理子がずっと思い描いていた通りの【日常】が、文字通り彼女の掌の上にある。
この「いつも通り」が詰まりに詰まった小さな世界を、そう簡単に壊されることなど、あってはならない。
――何が【血統】だ。クソ親父め。
ほとんど着の身着のままで実家を飛び出し、生き延びるために何でも利用してきた。
元カレの、胸糞悪い友人たちに、愛想を振りまくことなんて造作も無かった。勿論、大してタイプでもない元カレの長所をほじくり返して褒め倒し、理子に夢中にさせることだって。
――私は、私の【命】を生きる。
なんの疑問も持たない【信者】から巻き上げた金で一生を終えて、ハイありがと!なんて言っていられるほど、自分は馬鹿ではないのだ。と、物心つく頃には、理子はそう考えるようになっていた。
幾重にも重ねたオーガンジーで目隠しされてるみたいな、偽りの『何不自由ない暮らし』から抜け出すことは、即ち理子を都合よく育ててきた養父母を路頭に迷わすことになる。
しかしそれは。
――自分たちが散々ぱら利用した【前世の報い】ってやつでしょうよ。
SNSのアプリを閉じ、おもむろにジャケットのポケットに手を入れた。
取り出したのは、渋谷のスクランブル交差点の近くで押し付けられるように手渡されたフライヤー。面倒だなと思いつつ、なぜかその場で捨てられなくて、丸めてポケットに突っ込んだのだった。
お願いします!と手渡してきた女の子の、一種独特な表情が無視できなかった。
あの表情、感情には、理子にも覚えがある。
縋りつく思いで、必死で、夢を叶えるためなら何でもする……。
その彼女の斜め後ろでは、良くも悪くも目立つところのない男が一人、アコースティックギターをかき鳴らしてブルージーに歌い上げていた。
歌声そのものはなかなか心地よく、決して下手クソではなかったのだが。
「曲調とあってなかったんだよねえ、残念」
フライヤーに印刷された二次元バーコードを読み取ると『疫病に負けるな!』と題したサイトが、スマホの画面からはみ出さんばかりに表示された。PC向けなのだろうそのサイトは、突貫で作られたと思わせる粗末さがそこかしこに見受けられたが、それゆえに理子の胸には今の状況を打破したいと願うクリエイターたちの思いが迫るように感じた。
ネットで活躍するアーティストたちが、同一曲をそれぞれ思うままのアレンジで演奏し、その再生回数でもって得た収入を全額チャリティーにあてる。そのサイトはそういう趣旨のもとに成り立っているらしかった。
再生リストの一番上、ユーモラスな猫のイラストがサムネイルになっているボタンをクリックしてみる。例の渋谷のギター青年が歌い上げていた曲と同じものが全くの別アレンジでもって、理子の鼓膜を軽やかに震わせてきた。
「ええええええ!こっちのアレンジのが断然イイじゃん!!」
そのアレンジが、唐突に理子の少女時代の一風景を思い起こさせた。
放課後の音楽室。
クラスメイトと一緒に練習した、クリスマス用の合唱曲。
――と、同時に。
養父の小言。
『西洋の真似事も良いが、我が家の【神様】のことを忘れてもらっては困るな』
理子は喉の奥からせり上がってくるものを辛うじて抑えた。
恐怖?違う。
嫌悪?違う。
肩に置かれた養父の手の感触と、そこから侵食してくる柔らかな支配欲……愛情とは程遠い暴力と吐き気に支配された日々。
「地獄に堕ちろ、変態が」
【第五回】に続く
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それでは。
最後までお読みいただいて、感謝感激アメアラレ♪
次回をお楽しみにね、バイバイ~(ΦωΦ)ノシシ
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