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【創作小説】猫に飼われたヒト第29回 フルーメンの過去

小さい頃から他人と群れるのが苦手で、いつも1人で過ごしていた。

他人に全く関心がなく、友達は当然いない。友達は勉強だった。周りからは変わり者と言われて育ってきた。

しかし、そんな僕が唯一興味を抱いた猫、それが
アウラさんだ。

アウラさんの生い立ちは僕に似ていた。

他人と馴れ合うことなく、勉学に励み自分の実力だけで名を馳せていった猫。


アウラさんは人間に関する研究で社会に名を馳せていった。

いつしか、僕も人間の研究に関わり、アウラさんのようになりたい、そして、いつかアウラさんをも超える研究者になり、他者から認められたいと心に強く思うようになった。

そんな中、10歳の頃に両親を事故で亡くした。


僕は孤児院に入れられた。

大学に行くお金がなかった僕は、その分必死に勉強した。

人間の今までの歴史。人間の生態。人間の心理。特に相性が良かった心理学を僕は一生懸命に勉強し、その勉強の成果で、16という異例の若さで人間の心理学者の資格試験に合格したのだ。

16歳になった秋頃、僕の噂を聞いて、アウラさん自らが僕の孤児院を訪ねてきた。


「一緒に人間の研究に携わらないか」と。


今までの僕の努力が報われた瞬間、そして長年の僕の夢が叶った瞬間だった。

あの憧れのアウラさんと一緒に仕事ができる。これ以上ない喜びだった。

僕はもちろん快諾し、16歳でアニマーリア大学附属研究所で研究員として働くことになった。



そう。今思えば、私は人間のことにそれほど興味があるわけではなかったんだ。

ただアウラさんの隣で働きたい。私のような猫でも活躍できる、と家族や子供たちに勇気を与えたい、それだけだったのだ。

研究所での日々は、想像していたものとは大きく異なっていた。私は研究所に入って、二つの違和感を抱いた。

一つ目は、アウラさんについてだ。

アウラさんは聞いていたように、本当に心の底から人間を愛している猫だった。

常に人間の体調を気遣い、他にも人間が残っていないかの調査や、人間の種を守ることに尽力していた。

だが、私たち猫に対しては驚くほど冷たい猫だったのだ。

アウラさんと、研究員が話している。

「アウラさん、No,15〜20の健康調査、今終わりました」

「遅い。出勤してきたらまず真っ先に保管室に向かうんだ。こんな事務室でもたもたしている暇があるなら1秒でも長く人間のそばにいろ」

「はい、すみません…」

「大体、出勤時間が遅すぎる。人間は朝6時には目を覚まし始めるんだ。朝一番の状態を把握しないでどうするんだ」

「でもそれじゃあ、退勤まで16時間の勤務になっちゃいます…」

「はあ?!そんなの当たり前だ!人間は生き物なんだぞ、本当は24時間体制で見守らなければならないんだ。8時間も家で休めるだけありがたいと思いなさい」


この時、私は決心した。

私以外の2人の研究員も、日常の業務で心身ともに疲れ果てていた。だが私はまだやれる。

研究員になるまでの努力をしてこられたのだ。アウラさんの要望に完璧に答えてみせる。そして、アウラさんが認める、誰もが認める、アウラさんの右腕になってやる、と。

私はまず、アウラさんの言われた通り、朝6時に出勤し、人間の様子を見に行くところから始めた。

当時3人の研究員には担当の人間が割り振られていたが、僕はまず自分の担当の人間だけを今まで以上に詳細に体調管理することにした。

休憩時間は削り、ひたすらに人間のそばにとどまった。人間の表情、些細な動作、視線の動き、そう言ったことを観察しているうちに、人間の心情まで読み取れるようになっていった。

研究所の人間たちの感情は、どれも怒り、悲しみに似たものだった。


私は次に、指示されている事以上のことも行うようにした。

保管されている人間たちの管理は、すべて私が行うことにした。

人間たちの全ての情報を1人で管理する方が、確実だったのだ。

そして、アウラさんの身の回りのお世話も行なった。

アウラさんは片付けが苦手らしく、いつもデスク周りは散らかっていた。

私はアウラさんが退勤する24時頃まで研究所に留まり、アウラさんが退勤してからデスク周りを片付け、出しっぱなしになっているアウラさんの仕事用のメガネをきちんと机の上に並べ、明日の朝の準備や掃除をしてから退勤するようにした。


「おい!ネイサン!No,10の午後の体調記録が提出されていないぞ。私が昼食から戻る前にデスクに提出する命令だったよな」

「申し訳ありません、所長…!私も休憩を頂いておりまして…」

「なんだと?!人間の体調よりお前の方が優先だというのか!ネイサン、お前は後で物資倉庫に来い」

「ひっ…それだけは…」

私はアウラさんと研究員の間に割って入った。

「所長」

「なんだ、フルーメン」

「No,10の体調記録なら私の方で記録済みです。どうぞ」

「…確かに。でもNo.10はお前の管理下ではないだろう」

「ええ。ですが、研究所の人間のことは全てを把握しておきたいと思いまして。日頃から自分の方でも全ての個体の記録をファイリング済みです」


「なるほど…やるじゃないか。今日はフルーメンに免じて、ネイサン、お前のミスは見逃してやる。だが次があると思うなよ」

「は…はい…!」

「それと、フルーメン」

「はい?」

「お前のその目、気に食わないんだよ。人間に対してもその冷たい視線を送る。まるで人間をモノとして扱っているように思えてならん。人間には愛情を持って接しろ。分かったな」

「…はい」

私が研究所に入って感じた違和感の二つ目は、人間についてだった。

私はあれだけ人間について時間と労力を割いて学んできたにも関わらず、アウラさんのように、人間を愛することができなかったのだ。

人間はただの生物だ。
そこにはなんの感情もない。ただの実験体でありただの一個体。研究所にいる人間たちには、歴史に見るような社会を営んでいた頃の人間の面影は感じられず、収容されているのは知性を失った、人間と呼ばれる生物。

私には、アウラさんと違って、彼らに対して愛情はない。

私が研究所で頑張り続けるのは、アウラさんに認めてもらいたいという動機だけだったのだ。


…本当は、人間などどうでも良かったのだ。

次回に続く

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