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※盛大なるフィクションです



音を出してはいけないのに。

奥歯が勝手に震えるせいで外界にまで流れてゆく。

千切れたスカートの裾も、触れる裸の足も、熱された床に敏感に反応して声が漏れそう。




蒸し暑く薄暗い箱の中。

燻されるような重い臭い。

ゴツゴツした岩石の破片だらけの足下。

息づかいだけが騒然と吹き荒れる。




バタン!と勢いよく開け放たれた扉から、眩しさと風と共になだれ込んだ影たち。




すぐ目の前でこっちに向かって何か言っている。

逆光のせいで、顔ははっきりとは見えない。

細長い指を、こちらに精一杯差し出しているのが見える。





分からないけど。

その瞬間に愛おしいと思った。



この世に生まれ落ちて瞳を開いた時に、初めて視界に飛び込んでくるもの。

それに親愛を感じるという法則は、古い生態系から受け継がれてきたものなのか。




必死の制止も聞かず、もうひとつの存在が突如こちらに丸い突起を向けた。

それに目をやった瞬間、あらゆるものが焔たち、悲痛な叫びと共に、世界は闇を迎えた。







***








『色』が無い。


厳密には白と黒とのあらゆる濃淡で全てが巡っている。

そこに突如現れた『奴』は、鮮やかな紅色の頭部を備えていた。

奴は見るからに怪しい出で立ちで、何とも言えない異彩を放っていた。


「こちらの世界に色がやって来たことは非常に珍しく尊いものだ」
と、会議の中で有識者が机を叩いていた。


その中でも、奴は稀少種にあたるらしい。

いろんな意味で未知数ゆえ慎重に取り扱い、無色者との争いを生まないように細心の配慮をし、万全を期す。




そして。

直近の前線では歴代最年少で指揮官を仰せつかった程の私が。

何故あの異端児を隊に迎え入れ、行動を共にしなければならないのか。



「あぁあ、隊長!おなしゃすぅ~」


紅髪の奴は、カネチカ、といった。

軽い口調で挨拶をし、揺れながら近寄って来る。


「問題を起こすのは許さない。忠実に命令に従いなさい」

と伝えると



「了解っす~~!隊長、歳近ぇんだから仲良くしようぜPONPO~N!!」

と目を瞬かせて人差し指をこちらに向け、目を細めて顔に皺を寄せる。



果たしてこいつが、今回の任務で真っ当な働きが出来るのだろうか。



本部から送信されたデータを見たところ、カネチカは身体能力的には全く申し分ない。

それどころかこの隊随一の俊足で、反射神経や瞬発力も他の者より群を抜いて優れている。


『あちらの世界』の方が性能が上なのか。



ただ欠陥部分が。



決断力に劣ること、『情』に脆いこと。


優先事項に迷いが出るため、判断が遅くなること。


『想い』なるものを大切にするため、失敗しやすいこと。




奴の一連の報告書への直接の記載はないが、カネチカにはある注意事項があった。




『ずっと誰かを探している』




重要な任務遂行の場面において部隊の統率を乱し、追放され続けてきたのは、きっとそのことも関係しているのだろう。

だが、私の隊に来たからには身勝手は許されないし、カネチカが他の隊員の士気を下げる原因となってはならない。



『その時』に遭遇したら、行かせるのみ。


稀少種と煽っておきながら、上は得体の知れない物体を扱いあぐねているんだろう?

だからこそ前線に送り込んで来てるんじゃないか。



果てれば同じなのだ。

あちらでも、こちらでも。








***







火炎銃の扱いを丁寧に教えているのに1つも守らずふざけていて炎先が安定せず、灰色の防護服はところどころ焼けて早々にボロボロになった。

しかしカネチカはそんなこと全く気にも留めず、

「あっちぃーーーー!!!」

と、いつも上半身を脱ぎ捨て、白くて細い筋肉質な肌をこの世に晒す。



無数の傷の痕。

それは、赤い。

らしい。



「隊長はさ~俺見てて気分悪くなんねぇの?」

カネチカは、傷口を手で擦りながらこちらを振り返って尋ねた。


過去にカネチカに接触して、体調を崩した者がいたことを知ってて訊いているのか。




「私は問題ない」

「そ!てかさ~隊長愛想ねぇよなーー笑ったら絶対カワイイと思うぜ!」



『笑う』

昔の文献で読んだことがある。

カネチカがかつて存在した世界の文化か。


「今回の任務はこちらの我々にとって大変重要なものだ。失敗は許さん」

「分かってますよ!俺はただついて行くだけですよ、パイセン」

と、いつものように顔にめいっぱい皺を寄せた。



私は唐突にカネチカに質問をした。

「お前の目的は何だ。なぜこちらの世界にやってきたのだ。」


へ?と目を丸くしたカネチカは、その後うーーんと目玉を上に向けながら人差し指で自分の唇に触れた。

「そもそもですけどぉ、こっちとかあっちとかあるんですかね。ていうか、俺が居る場所自体がどっちでもないただの空虚な空間かもしれませんよ?」

「そしてこれもそもそもですけど、俺自体がまず『人』かどうかも分からないじゃないですか」



「…どういう意味だ」

「てことはぁ、隊長はどうなんですか。何が目的で、それこそどういう意味で、どこに存在してるんすか?」

「………」「私はこちらで、命が続く限り進むのみだ」


するとカネチカは私に対して

「すげぇ解ります!それと同時に人はずっとやり続けるのは無理だから、逆に最初からやらなくてもいいんじゃないかって。元々いらないかもしれないんで。」

と首を傾げて片目を瞑り、また顔じゅう皺だらけにした。



「分かった。今日はもう休め。」








我々が色や『感情』というものに拒否反応が出てしまうのと同じように、『あちら』のカネチカは『こちら』の無色や『無』に耐えられるのだろうか。

常に走ったり飛び跳ねたりしてくるくると変わる表面を観察する限り、仕様や構造に問題はないように見受けられる。

それと、こちらからあちらへ行った(戻った)という事例は、今時間ではないようだ。


だが、カネチカは根底の概念からして、どこかが、何かが違う気がする。




『あちらの世界』か

『こちらの世界』か

『過去』か『今』か



『未来』か



意味などなく、意味を持ったこともない、というのか。



果てがない答えを考えていたら、白々と夜が明け始めた。

出発の時間が近づく。





***






「迷惑かけちゃったんです、俺」

と俯いて組んだ指を見つめるカネチカ。


『悔しい』くて『情けなかった』

のだという。


幾多の雲を切り抜ける機体は正面から強い風を受けていた。
揺れる騒音の中で何となく聴こえたカネチカの

『後悔』



取り戻しに来たのか。

その存在を。

はたまた時を。




「お前の望む方向が、正しいのかどうか判断できない」

と半ば否定的に伝えた。



少し考えたカネチカは、どの方向にも行ける、と答えた。


前に進むことも戻ることも。

横にも上にも下にも。





「『多様性』が拡がる時代ですから」、と。


そんな事、有り得ないだろう?



で、時代って何だ。



切り取られた一定の時間軸が概念として存在するならば、こんな『あちら』や『こちら』の世界のことなど、そもそもがお伽噺に成り下がるじゃないか。

『今』確実に私達は飛行機に乗っているという『事実』があるのに。

全て真っ逆さまに覆えされるんだよ。




自分の中に生まれた「苛つく」という『感情』

運転などに酔う訳はないが、気分が悪い原因はきっとこれだろうと悟った。

カネチカはそんな私の様子などお構い無しに、隣りでフンフン、と歌を口ずさんでいた。



今から前線に出ていくんだぞ。


お前の世界には『怖い』があるだろう?



すると突然、カネチカはシートベルトごと前に押し出して跳ねるように立ち上がり、フロントガラスに顔をくっ付けた。




「居た…」

カネチカは少し震えた声で呟いた。


「居ました!止めてください!!」






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