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続・紅

※盛大なるフィクションです

「隊長!あれ、あの子です、あの子追ってください!」

顔をぶつける勢いでフロントガラスに齧り付き(かぶりつき)、カネチカが必死に見つめる視線の先。

私も確認した。

一度見たら判るとはいえ…

得体の知れない『あちらの世界』のカネチカには、基本的には『こちらの世界』の任務内容は伏せている。

上からの指示があり、私が判断した際に、実行させるのみだからだ。

やがて高揚してきたカネチカは、機内中に響き渡るような大きな声を上げた。

「良かったーー!!!生きてた…存在した…ていうか、見えてる!俺だけじゃないですよね?隊長にもちゃんと見えてますよね!?」

満面皺だらけにして大きく口を開いているカネチカを横目に、本部からの無線連絡を確認すると、どうやらビンゴだった。

今回の任務対象に間違いない、と。

カネチカがずっと探していた『人』というのは、この『対象』なのか。

奴のその真剣な眼差しは、走り続けるその対象に釘付けだった。

こうなると、カネチカを一緒に連れては降りられない。

隊長の私でも、基本単独行動は禁じられている。

それに、カネチカに機内待機を命じても納得しないだろう。

機体を大きく旋回させ、徐々に地面との距離を詰める。

規則的に棚引く同じ高さの草が、旋風に弄ばれながらより大きく揺れていた。

「何処までも続く一面の綺麗な草原っすね」

と、カネチカはその対象を凝視したままボソッと言った。

綺麗?

終わりなく続く真っ黒な波だぞ?

「お前にとって色が無いことは苦痛ではないのか」

と訊くと、カネチカは大きな目を更に丸くしながら答えた。

「エッ、色?…っていうか…綺麗ですよ…」

気づけば、何故か後続の機体3体とはぐれてしまっている。

無線が通じず、安否確認も連絡も出来ない状態。

今回、無線責任者のナカジマを連れて来なかったから、直せる奴もいない。

いつもと、違う。

何かがおかしい。

結局ここに降り立つのは、いつの間にか私とカネチカだけになってしまうようだ。

慌てて降りる準備をするカネチカに私は

「後を就いてきなさい。今回はお前は私の後ろだ」

と、指示をした。

すると、

「いや、大丈夫!俺が先に行きますから!」

と、エンジンもまだ止まらないうちに、早々と走り出そうとする。

「待て!お前には無理だ!!」

自分でも驚く程のがなり声を出していた。

カネチカといると、どうにも調子が狂う。

それよりも、さっきからすこぶる気分が悪い。

眩暈が酷くて吐きそうだ。

ぎゅっと強く目を瞑ったが、その拍子に足元が覚束なくなり、一瞬意識が遠のいた。

咄嗟にカネチカはよろけた私の肩を抱き、労るように包むように支えた。

「隊長…すごい汗ですよ」

私よりも大きい、カネチカの背中や手に動揺した。

「大丈夫だから。…もういい、触るな…」

と乱れる息で奴の腕の中から離れようとした瞬間、すごい勢いで再び引き寄せられた。

何をされたかが、一瞬理解出来ない程だった。

「守ることに意識しすぎてた。今度は…」

低く辛そうな声で耳元で囁いたカネチカは、唇を噛んだ後、顔を上げて私の瞳の奥をじっと覗き込んだ。

今だに見慣れないカネチカの、その髪の紅のせいなのかもしれないけれど。

その時のカネチカに、紅以外の、もっと色が見えた気がした。

***

ヒラヒラとした裾を翻しながら外界を裸足で駆け続ける少女。

彼女が最期に入り込んだ小屋は、上空からは目視出来ないほど小さく、草に埋もれて鬱蒼(うっそう)としていた。

対象に近づくにつれて、私はどんどん動悸が激しくなり、いつの間にかカネチカの背を追うくらいの遅れをとっていた。

小屋の戸をバタン!と開けると中はむせるほどの熱気で、床にはゴツゴツとした岩が転がっていた。

その部屋の隅には、怯えて縮こまっている

私が、居た。

火炎銃を構え小刻みに震えている『こちら』の私の手。

カネチカはその銃ごとぐっと抑え、私の動きを制した。

カネチカは、『あちら』の私が怯えないように、慎重に

「どうだ、怖いか。頑張れるか?」
と、目線を合わせて優しく尋ねた。

逆光の中差し伸べられた繊細な指に触れた時、パチン、と私の中で何かが破裂した。

そして、その音に触れた私ごと、私という存在を確認した。

無意識の色に襲われた瞬間。

私は、みるみるうちに感覚を帯びた。

それは私の積年の想いが自分の腕から飛び立ち、昇華された色だった。

兼近…貴方と私は一緒に居た未来があったよね。

兼近と、過去も一緒に生きる予定だよね。

全ての人が幸せになれるのであれば、持てる限りのものを持つ、と常に言っていた兼近。

答えがないから困るのではなく、全部の答えが出来るし、全部の答えが正解だ、と言っていた兼近。

彼の顔じゅう皺くちゃにする無邪気に笑った顔。

兼近がこの上なく美しく、かけがえのないものだってことを、未来の私はやっと思い出したんだ。

その温かく細長い指を、私は色の感触で憶えていた。

とてつもなく強く信じられる、私を捉えて離さない。

兼近の、紅の色。

分からないけど。
その瞬間に愛おしいと思った。


ちゃんと、知っていた。
未来永劫、永遠に。

私が『笑顔』でいることをふんわりと優しさを纏った顔で見つめながら、兼近は真っ直ぐに訊いた。

「俺、カッコい?」

【 end 】

inspired by 『逃走中』 & EXITcharannel
『【心理テスト】基本ふざけている兼近の深層心理を暴いてみた』

https://youtu.be/0k4CE-7cPOQ

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