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米国の腸内フローラ関連出願を分析して面白い用途を探す (前編)

この数年、腸内微生物叢と宿主生物のさまざまな生理機能の関連が次々明らかにされていることは皆様もよくご存知かと思います。

特に、この数年間で次々報告されるようになった多発性硬化症などの中枢神経炎症を伴う自己免疫性疾患の発症と進行の機序に、腸内フローラの一部の細菌群が直接関与する作用の発見などは大変画期的といえるのではないでしょうか。例えばこれ。

この発見により、フローラの細菌群のバランスが崩れる事で、自己抗原を認識する免疫細胞がブーストされ症状が進行するというメカニズムの存在が証明されました。腸内フローラに関連する、炎症を伴う自己免疫性疾患の発症メカニズムが次々解明されるものと期待されます。

腸内細菌叢と疾患発症、進行のメカニズムの解明に全世界のアカデミア、企業が躍起になっている昨今ですが、ここ日本では2022年上半期に某機能性表示食品(※) で、特定の乳酸菌芽胞を含有する飲料が「ストレス緩和と質の良い眠り」を提供するとして大ヒットしました。

従来よく知られている消化器系の機能の調整や、上記で触れているような免疫系バランスの調整ではなく、プロバイオティクス(腸内フローラのための餌となる食事)によるストレス緩和や睡眠の改善などいわゆる"腸脳相関"領域へのアプローチを謳う商品は世界的にも珍しいのではないでは?

(※) 機能性表示食品については消費者庁のHPなどで確認できます。

今年も残りわずか3ヶ月(うそ!)となったこのタイミングで、この大ヒットした機能性表示食品のように「えっ」と思えるような腸内細菌叢に関連した用途開発を、特許情報から探る事ができるのでは?との単純な発想から、米国特許出願情報をベースに調査をしてみます。

今回の前編では 1.検索、2.母集団の概要紹介、 3.特許分類から用途を分析する ところまでご紹介します。

ではしばらくお付き合い頂けたら幸いです。

1. 検索

検索は2022年10月上旬。DBはSRPARTNER(日立情報)、対象公報は米国公開、米国登録公報です。下に検索式を示します。式中の「TAC」はTitle, Abstract, Claimとなります。

検索式

トータルで879ファミリーの公報が調査対象となりました。この先、分析はすべて「ファミリー」をベースに進めていきます。「トータル879件の発明を対象にした調査」と捉えて頂けたらOKです。

2.母集団を眺める

マクロでデータを眺めてみます。

・主要な出願人

母集団をざっと定性的に眺めてみます。出願件数上位(4件以上)の出願人をリスト化しました。今回の集計は「筆頭出願人」かつ、私が名寄せ作業を行った上でのものです。ご留意ください。

リストをご覧のとおりNESTEC (ネスレの知財管理子会社) が件数1位です。

ネスレはバイオ医薬の米SERES(炎症性腸疾患分野)、仏Enterome(食品アレルギー分野)などとの共同研究/開発に巨額を投じ、自社でもマイクロバイオーム研究の拠点を有する名実ともにこの分野のトップといえると思います。

2位のGlycomはデンマークのミルクオリゴ糖メーカーで、2020年にオランダの総合化学メーカーDSMに買収されています。この買収でDSMはかなり広範なプレバイオティクス領域化合物を取得し、自社のプレバイオ化合物のレパートリーを強化、さらに大きな売上を確保したものと思われます。リスト上6位のDSMとGlycomを合わせれば34ファミリとなり、実質的には1位の出願数となります。

リストに登場する出願人企業の所在地を眺めると、欧州に加えAU,CNなどが存在感を示していますが日本からは森永乳業が唯一のエントリーと見受けられます(28位/4件)。乳酸菌の活用分野は日本のお家芸的な見方もありますが、米国特許を指標にすればそのプレゼンスは希薄です。

また、リストを眺めると様々なベンチャーのエントリーを見ることができます。これらの一部は2014年前後のアメリカを中心に巻き起こった "マイクロバイオームベンチャーブーム"  から生まれたか、その時期に大きく成長を遂げた企業と推測できます。ここには示していませんが元データのリストには、他にもたくさんのベンチャー企業が名を連ねています。将来大きな成長を遂げる未知のスタートアップやシーズがまだまだあるかもしれませんよ?

興味ある方、元データのリストをご提供致しますので是非ご一報を。

・CZ 財団による出資

出願人名をざーっと眺めていると、見慣れた名前が出てきましたのでご紹介します。CHAN ZUCKERBERG BIOHUB, INC. (CZ biohub) というのがそれです。Facebookのザッカバーグが、元医師で妻のプリシラ・チャンと設立した財団からの資金投入(3000億円相当!!)で2016年に設立したバイオ分野の基礎研究拠点です。主にスタンフォード、カリフォルニア大の研究者が資金提供を受け、成果は大学/財団の共願として出願されています。今回の母集団には下記の2件がCZ biohubの出願として含まれていました。

最近、最先端のバイオ分野で特許調査を実施するとこのCZ biohubによる出願を目にする機会が多くなりました。ザッカーバーグ夫妻はこの研究組織を完全な社会貢献として位置づけ、開発された種々の手法やツールを無償で全世界に公開する活動も行っています。そのスケールの大きさにも驚くばかり。日本にもこんな億万長者の篤志家がいたら、研究環境の雰囲気もガラリと変わるでしょうね。

CZ biohubが支援するmircobiome研究に関する米国出願

2件の出願はUCSF, 一方はStanfordとの共願でした。
USCFとの共願(上記712特許)は、リウマチ患者の治療方法であって、腸内のBacteroidetes属細菌群数を指標にメトトレキサート(=免疫抑制剤)の投与の可否を決定するものです。メトトレキサートを投与した結果、Bacteroidetes属の細菌数が腸内で増えるようなら投与を中断し他の薬剤を使った方が効果的、減るならそのままメトトレキサートを使用するという治療戦略のようです。

一方のStanfordとの共願(上記354特許)には、40~500種の既知バクテリアを複合させた"人工フローラ"であって、腸内で定着可能なものが広くクレームされています。この人工フローラは、ヒト化マウスの腸内での定着とスクリーニング培養を繰り返し選抜された細菌株の組み合わせによって製造されていて、製造に至るまでにかなり大変な実験を行った事が想像されます。今っぽく「AI使ってなにかやったのかな?」と思っていたのですが、単純に培養の繰り返しです…。また、このフローラがC. difficile感染マウスで良好な耐C.difficile性を有していることも示されています。便移植に代わる人工フローラによる便の代替物といえる発想かと思います。

3. 本題の「腸内フローラ関連のおもしろい用途開発を探る」について

・A61P (特定の疾患の治療薬)が付与された出願から興味深いフローラ関連の治療薬用途を探す。

ここから、本調査の本題に突入です。腸内フローラ関連の発明で、おもしろそうな用途を探っていきたいと思います。

IPC/FIのうちA61Pは疾患治療剤を開示する公報に付与される特許分類です。A61Pのさらに下に付与される4桁の数字は、より具体的に疾患名や適用する臓器などを特定しているため、腸内フローラ関連製剤(プロバイオティクス、プレバイオティクス ※)の既知の治療用途を分析するには、この分類を用いるのはとても有用です。

※ プレバイオティクス=有用な腸内微生物の餌 プロバイオティクス=有用な腸内微生物

下のリストに母集団中の公報に付与されたA61Pを冠したIPC分類を全て抽出し、付与された件数とともに示します。リスト上の付与されたA61Pの詳細を見ると、A61Pを付与された出願の大半が「骨格系・神経系・腫瘍・免疫・消化器系・代謝系・感染症」疾患の治療方法を謳った出願ということがわかります。

A61Pの詳細を展開。右の数字は付与された件数。

ここで各疾患領域とマイクロバイオームの関連を、これまでの経験と知識から適当に想像してみました(公報の中身を読まずに本当に想像しただけです。でもそれほど外してないはず…)。下にざっと想像した結果示します。

IPCから腸内フローラ関連発明の効果を想像してみた

上記のようにざっと想像できてしまうのでこの辺の用途発明にはあまり興味をもてません。想像できる=それほど新しい発明はない、と思えてしまうからです。

ただし、神経系疾患領域でも
・パーキンソン病治療 (A61P 25/16)
・神経変性疾患治療 (A61P 25/28)
・タバコ乱用の治療 (A61P 25/34)
・抗てんかん薬 (A61P 25/08)
を標榜している出願は、その主張するメカニズム(どうやってこれらの疾患に腸内フローラが関与する?)に興味をひかれます。ということで、後ほどこの分類が付与された出願の詳細を検討してみます。

・A61Q (化粧料)が付与された出願から興味深いフローラ関連の化粧料用途を探す。

A61Qは化粧料を開示する公報に付与される特許分類です。「腸内フローラと化粧になんの関係が?」と感じられるかと思いますが、下のリストに示した通りいくつかの美容やヘルスケア領域と腸内フローラが関連づけられ、実際に出願されています。

A61Qの詳細を展開。右の数字は付与された件数。

腸内フローラでヘアケア、スキンケア、アンチエージング
とか全部おもしろそうなので、これらは先程のA61Pで出てきたいくつかの興味深い用途と一緒に詳細を検討してみましょう。


長くなりました。
後編で面白そうな腸内フローラ関連のおもしろそうな用途を紹介していきます。

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