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アートを愛する義賊たち。『アノニム』読書感想

(A)はじめに:初の原田マハ作品。

小説の読書感想では、筆者についてあまり言及しないが、原田マハさん作品は初めて読むので、少しその話を。原田さんの作品は、最近のものであれば『サロメ』や『たゆたえども沈まず』など気になっているものは複数ある。一方で、アートには明るくなく、アート小説も少し敷居が高いかなと感じていた。
そんな中手に取った本書『アノニム』。あらすじからオーシャンズシリーズの雰囲気を感じたが、原田さん作品のデビューにはぴったりであった。

(B)あらすじ

台湾に住む難読症の高校生、張英才は、自身を不世出の天才アーティストであると感じている。いたって平凡な家庭環境にあり、台湾全土をにぎわす学生デモに参加するわけでもない英才は、今まさに、他には類を見ない(と自分は信じている)独創的な作品を創り上げようとしていた。

時を同じくして真矢美里ー通称〈ミリ〉ーは湾仔で仲間の到着を待っていた。ミリは、世界有数の建築事務所の若きエースとして大規模プロジェクトに抜擢される傍らで、誰にも明かせない活動を行っていた。
今回のミッションの舞台であるここ台湾に、〈オーサム〉、〈ネゴ〉、〈オブリージュ〉、〈ネバネス〉、〈ヤミー〉、〈ミリ〉、〈エポック〉が集まった。彼らはいずれもアート界、経済界でその名を知らぬ者はいないというほどのプロフェッショナル達だ。

彼らの名は「anonyme(アノニム)」。

そしてそのボスである〈ジェット〉が彼らに与えたミッションは、
【台湾で行われるアートオークションの目玉、ジャクソン・ポロックの未発表作品「ナンバー・ゼロ」を贋作にすり替えよ…】

(C)感想:アート>クライム・アクション

冒頭で、本書のあらすじからオーシャンズシリーズを連想したと書いた。確かに「anonyme」の面々は、それぞれ類まれなスキルや財力を使って、方々で活躍しているプロフェッショナルであり、彼らが集まることで大きなミッションを成功させているので、その点ではオーシャンズシリーズに近しい部分を感じる。
一方で、以下の点で本書はオーシャンズシリーズ、ひいてはクライム・アクションとは異なり、アート小説であることが強調されている。

①anonymeのメンバーほとんどがアートに造詣が深い。
②anonymeの活動目的はアートの解放であって、金儲けではない。
③張英才を通じて、アートとアーティストの力が描かれている。
④クライムパートにテクニックやスリルは描かれていない。

①と②について、anonymeはアート界や経済界で既に活躍しているメンバーで構成されている。彼らはリーダーの〈ジェット〉のアートに対する真摯で崇高な理想に共感し、anonymeの活動に参加している。もちろん彼らのanonymeとしての活動は秘密裏に行われているが、アートの解放≒アートを悪用するものの手から奪い返し、あるべき場所へ帰す、という行為自体は、既に世間の耳目を集めており、決して私利私欲の金儲けのために活動しているわけではないのだ。

③について、本作のもう一人の主人公である台湾の高校生、張英才を通じて、原田マハさんの伝えたいメッセージが描かれている。彼はアートと自身の才能に力を信じ、それを小さく、でも確実に行動に移している。社会情勢や自身の生い立ちといった、やるせなさを糧に、とある作品を描き上げる。この作品がジャクソン・ポロックに、そして彼自身が〈ジェット〉に重なる部分があることから、anonymeの今回のミッションの主役に抜擢されるのだが、やはりここでは一貫してアートの力とそれを信じるアーティストたちの信念にフォーカスが当てられている。アートそのものに世界を変える力がなかったとしても、誰かの人生を変えることは出来る。そしてアートに人生を変えられた人こそが、世界を変える力になると、原田さんは伝えたかったのかもしれない。

なので、④の通り、本作にクライム・アクションの要素を求めるのは間違っている。そもそもにして、オークションに出品される作品を全て盗み出そうとするのではなく、落札された作品をこっそり贋作とすり替えようというのが今回のミッションなので、ド派手なアクション自体ご法度なのである。

一方で本作では、大規模オークションの裏側と、本番の熱気が、オークショニアの〈ネゴ〉の視点で描かれている。オークションが開かれるまでのスタッフの準備や、参加者事情、そして極限まで落札価格が吊り上がっていくショーとしてのオークションなど、普段体感することのできない世界を体感することが出来る。その点では、オーシャンズシリーズをはじめとするクライム・アクションとはまた違ったスリルも味わうことが出来るだろう。

(D)素敵な一節

「わずか十秒の会話であっても、お互いを持ち上げることを忘れない」

プロフェッショナル集団であるanonymeの流儀である。どんな時もwork with respect、敬意を持って働くことを心がけたい。

「なんだってできるはずだ。幸運を!」

〈ジェット〉からメンバーへの激励の挨拶。メンバーをリスペクトし、彼らの力を信じて任せることが出来る〈ジェット〉は、理想のボスだといえる。この言い回しがシェークスピアに由来しているのも面白い。

「どうせ開くはずがないと、…(中略)…閉ざされたドアを開ける可能性と力があるはずなんだ」

一歩踏み出す勇気が可能性のドアを開ける。大事なのは信じることなんだ。

(E)まとめ:アートを愛する義賊たち。

本作は、アートの知識がなくともすんなりとストーリーに入っていくことが出来るエンタメ作品となっている。その上で、アートの力や魅力に触れることが出来るという点で、原田さんの作品の入門編にぴったりなのではないだろうか。

アートを愛する義賊たちと、若きアーティストの活躍をその目で確かめよう。


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