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甘酸っぱい謎。『探偵は教室にいない』読書感想

(A)はじめに:青春ミステリの世界

小説を選ぶとき、何を基準に選ぶだろうか。作家が好きだったり、ジャンルが好きだったり、映像化が決まったものだったり、選ぶ基準は色々あるだろう。私は作家で選ぶことはあまりなく、テレビや映画を視聴する機会も人並み以下なので、映像化もきっかけにはなりずらい。(映像化を機に書店でプッシュされていたりすると、思わず手に取ってしまうことはあるが)ということで、好きなジャンルで小説を選ぶことが多いように思う。

その中で、とりわけ好きなジャンルがある。それが「青春ミステリ」だ。「青春ミステリ」の定義は決まっているのかも含めて分からないが、「10代の少年少女が比較的身近にある謎に挑みながら、青春を謳歌している」小説かなと思う。ティーンエイジャーが主役なので、学園が舞台になることが多い。

このジャンルを好きになったきっかけは、恐らく「パスワード」シリーズだ。少ない小遣いで必死に買い揃えていたことを思いだす。日常を起点とした謎解きを中心に、主人公たちの成長とほのかな恋を描いている。

今回は、そんな「青春ミステリ」に新たな風を吹かせた第二十八回鮎川哲也賞受賞作『探偵は教室にいない』を読んでいく。

(B)あらすじ

中学二年生の海砂真史は、同級生で同じバスケットボール部の栗山英奈や、田口総士、岩瀬京介らと共に穏やかな日々を送っている。英奈から京介が真史に気があるのではと言われ戸惑っていたある日、真史は体育の授業後に机の中にラブレターが入っているのを見つける。差出人の名前はなく、真史のバスケをする姿に憧れ、好きであるという気持ちを伝えるだけのラブレターであった。戸惑った真史は誰かに相談しようとするが、京介のことがあるので男子には相談できず、また普段世話になっている英奈を煩わせたくない一心から、誰にも相談できずにいた。そんな中、母親同士が旧知の中で、幼馴染である鳥飼歩の存在を思い出す。今でこそ交友がなくなっていたものの、幼い頃から頭の回転が速く、小学校ではちょっとした謎を解決したという話を母親から聞いていた。適度な距離感もあるため、相談する相手としてはうってつけだった。真史は早速歩に数年ぶりに連絡を取るのだった。

歩は、自宅で突然の来訪者である真史を向かい入れた。久々に成長した姿に驚きつつ、謎解きに関してはあまり期待しないように伝える。そもそも歩と真史は通う学校も違うので、交友関係は現場の状況を知る由がない。もっと言えば、歩は中学校にまともに登校をしていないので、中学生のあるまじき姿や学校生活の風景なども想像の範囲でしかない。真史の問いかけも、暇つぶしのクロスワードのようなものだと話す。それでも、スイーツに目がない歩は、真史の差し入れたケーキの為にも、真剣に謎に取り組む羽目になった。(「第一話の前に」、「第一話 Love letter from...」)

(C)感想:あどけない中学生たちと、新鮮な安楽椅子探偵

青春ミステリの場合は、大抵が通っている学校を舞台にしていたり、共通の出先に赴いた先で何らかの事件に巻き込まれたりするケースが多い。一方で、安楽椅子探偵とは、現場赴くなどして自ら情報を収集することはせずに、来訪者や新聞記事などから与えられた情報のみを頼りに事件を推理する探偵の事を指す。

一見すると、青春ミステリと安楽椅子探偵は共存しがたいように思える。何故なら、同じ学校に居なければ、学生時代に多くの時間を過ごす学校での生活を共有できない、つまり、「青春」要素を共有しづらいからだ。そこで本作は、真史達バスケ部4人組に「青春」を謳歌させながら、歩を使って「ミステリ」要素を作り上げている。歩も推理の過程で4人組と顔合わせをすることはあるが、4人の青春群像劇に参加することはない。探偵役がその役目に徹している点で、他の青春ミステリとは違った味わいがある。

安楽椅子探偵がもたらす効果は、探偵と読者が概ね同じ条件になる点である。来訪者の語る情報にほぼ同時に触れるので、解法へのヒントを同時に与えられているのである。更に本作の場合、歩はほとんど学校に通わないため、学生の当たり前の姿も想像しがたいというハンデを負っている。しかし、このハンデを逆手に取っており、主人公たちが見落としがちな点まで漏らさず指摘していくことで、推理が進んでいくのだ。そして他の安楽椅子探偵よろしく、これらはあくまで推論であるため、当事者への確認なしには結論付けることはできない。真史を通じて確認される場合もあれば、最後まで事実はぼやかされたままの謎もある。

謎の内容は、ラブレターの差出人や、合唱コンクールの伴奏を降りた理由、彼女とのデートを反故にした理由、家出先を当てるなど、まさに「日常の謎」といった内容ばかりだ。主人公たちは中学生なので、(歩を除けば)高校生キャラのように変に達観したキャラは登場せず、年相応のあどけない行動や心情の描写が多い。彼らの心の機微を楽しむという点で、青春群像劇としても仕上がっている。

(D)素敵な一節

「真史がいくら真剣に悩んでいるとはいっても、僕からすれば所詮他人事、…」

謎と一定の距離感があるからこそ導きだせる推論がある。

「俺は、自分のことはどうなってもいいと今の今まで思っていた。でも、そういう考えって、自分のことを気にかけてくれる人に対して失礼だよな」

ある種の自己陶酔的なネガティブ思考は大人だってしてしまう。自分を思ってくれる友達の存在に気づき、こう発言できるのは素晴らしい。

「わたしは、彼が侮辱されたことが本気で許せなかったのだ」

子どもの育む友情は、大人が何となしに覗いただけでその価値を理解することなどできない。

(E)まとめ:甘酸っぱい謎。

本作は、既にありふれている青春ミステリのジャンルに安楽椅子探偵を持ち込み、また中学生の複雑な心情を交えた、新鮮さあふれる青春ミステリに仕上がっている。
既に発売されている続編では、登場人物たちの関係がより深堀されているようだ。

子どもの頃の甘酸っぱい体験を、謎解きと共に。



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