給与と賞与、誰がどうやって決める?(前編)|BowLの軌跡
株式会社BowLは、メンタル不調によって働くことが難しくなった人に対して、再び安心して生き生きと働けるようになるために、リワーク(復職)支援を行なっている。さらに、BowLは、会社の内側に向けても、社員一人ひとりが安心して生き生きと働けるように、様々な仕組みを構築している。人は、組織の中でも、その人らしく”自然体”で生きることができる。そう信じて歩むBowL社の営みと実践知に学びます。
今回のインタビューはある本の話からスタートしました。
東京出張に向かう飛行機内で、しばらく”積読”になっていた『ゆっくり、いそげ』を手に取ったまっきーさん。
「一回一回の交換を”テイク”の動機に基づいて行うこともできれば、”ギブ”の動機に基づいて行うこともできる。前者を『利用し合う関係』、後者を『支援し合う関係』と呼ぶこともできるだろう。・・・ぼくらは・・・『支援し合う関係』を結びたいと考えてきた」(P104)。
まっきーさん)
「この本を読んでいて、BowLでの給与・賞与の仕組みづくりもそんな思いから始まったんだよなって思い出したわけさ〜」
クルミドコーヒー店主 影山 知明著『ゆっくり、いそげーカフェからはじめる人を手段化しない経済』大和書房 2015
著者である影山さんの考えに響くものがあり、この本がまっきーさんに、給与・賞与の仕組みづくりの原点を思い出させてくれたという。
私は、まっきーさんの話を聞きながら、”テイク”の動機、”ギブ”の動機の違いについてぼんやりと考えつつ、祖母のことを思い出していた。
彼女は、沖縄県南部の小さな漁村で魚の卸売りを営んでいた。普段は倹約家で節約上手な祖母だったが、親戚一同が集まる行事の際には出し惜しみせず、大きな肉の塊や刺身などをあり余るほど買ってきて、豪快に振る舞った。”ギブ”の動機に基づいた「支援し合う関係性」が、祖母の暮らしにはあった。
目的と手段は反転しやすい。なかでも「お金」は、容易に目的化しやすい。そんな「お金」を、組織内でどう分配するのか。それを誰がどうやって決めるのか。組織において、”ギブ”の動機に基づいた「支援し合う関係性」を育むことは、どのように可能なのか。漁村での祖母の暮らしのイメージを胸の内に残しつつ、BowL社の給与・賞与制度構築の実践プロセスに学びたい。
「評価」は誰のため?
給与体系は、一般的に評価体系と密接に関わる。しかし、人が人を評価することは、難しい。たとえ、適切な評価ができる人がいたとしても、その評価者の前でだけうまく振舞うこともできる。そうして、目の前の顧客や横にいる仲間ではなく、評価者の方に気持ちが向いてしまう。さらに、「評価」は、する側にもされる側にも心理的な痛みを伴うことがある。評価制度は、そういった危険性をはらんでいる。
評価者が評価せずとも、メンバーが自ら学び、やりがいを感じて働ける職場にしたい。そんな思いが起点となって、BowLでの給与・賞与の新しい制度構築は始まった。
以下、インタビュー前編です。
賞与の仕組みづくりー複数の試みと、方方の痛み
もともと、代表のニカさんがメンバー全員を評価して賞与額が決定していたんだけど、「俺は評価を手放したい」ってニカさんが言い出してさ。「評価者しか見なくなる組織は目指していない」って。それで、まずはメンバー間で互いに評価する方法から試してみたわけ。
一人三票を自分以外のメンバーに投じて、賞与を決める「投票制」
まず一回目、蓋を開けてみたら、当時一番給与の高かったベテラン管理者が最下位で、目に見えてがんばっていた若手がトップになった。もちろんだけど、ベテラン管理者は傷つくよね・・・。
二回目は、この半年間自分が何をやってきたのかを共有しあった上で、投票を実施した。結果は、直前に業務を頑張っていた人や、プレゼンがうまい人の評価が上がってしまった。自己評価の低い人だと、プレゼンも自信なさそうに聞こえて、周囲の評価も低くなってしまうさあね。それで、また若い子が上位になって、ベテラン層が下位になるという結果になった。
互いの頑張りを応援し合うために投票制を導入したのに、傷つく人が出てしまったわけさー。これは望んでいることじゃないから、このやり方はやめよう、となった。
「業績非連動・安定型」と「業績連動・コミット型」の併存
次に試したのは、「業績非連動・安定型」と「業績連動・コミット型」の賞与分配方式を1年間、同時に二つ存在させてみる、ということ。業績にかかわらず安定的に賞与をもらいたい人と、業績連動型でリスクもあるけど、コミットした分だけ賞与に反映したい人がいるからさー、それぞれ好きな方を選んだわけ。そしたらさ、どうなったと思う?
その年にめちゃくちゃ業績が上がって、「コミット型」を選んだ人たちの賞与がグンとハネたわけよ。そしたら、「安定型」を選んでいた人の中から「不公平感がある!」「だったら、私もコミット型がよかった!」という声が出たんだよね。
ー「安定型」か「コミット型」か、自分自身で選んだんですよね。それでも、「不公平感がある!」というふうな声が出るんですねー。
中には「朝から夜までがんばっていたから『コミット型』の人がたくさんもらえるのは当然」と理解を示すメンバーもいたよー。そんな紆余曲折を経て、賞与は「均等割」にして一旦横においておこう、月例給与の仕組みを先に考えよう、と切り替えたんだよね。
ちなみに、創業メンバーで元々は一番賞与額が高かった俺は、この間、どんどん賞与が下がっていったわけさ(笑)。
ーまっきーさんも「不公平感がある!」って言いたかったんじゃないですか?(笑)
そうだね〜(笑)。まあ、「いつか上がるはず」と歯を食いしばりながらやっていたよー。自分の賞与なんて横に置いておかないといけないからね。
給与の仕組みづくり
「あなたはいるだけで、貢献している」、存在給という考え方
BowLメンバーは普段から「あなたがいるだけでいい」というスタンスで、復職支援をしている。これを「自分自身にも向けようよ」というのが月例給与の改定のスタート地点だったわけ。月例給与=「存在給」という考え方ね。
ーええ!逆かと思いました!すでにそういった眼差しを研修生(BowLでいう顧客)に向けていたんですね。研修生が先にいて、「同じ眼差しを自分たちにも向けよう」と、そういう順序だったんですね!
そうそう。BowLにいるメンバーは、研修生(休職中の方)に対して、「家に引きこもって今仕事をしてないから、納税もしていないから、この人は社会に必要のない人間だ」とは思ってないわけよ。「ただいるだけでいい」「あなたがいるだけで何かしらに貢献している」って思いながら、研修生と関わっているんだよね。だから「月例給与=存在給」という考え方は、BowLに本当にぴったりだと思った。
BowLの提供価値とその根底にある思想が「存在給」という制度として、BowLの組織自体にも反映されている。
一番安心して働ける「年功序列」と、まっきーさんの涙
給与の新しい仕組みをつくる目的は、メンバーが「安心して働ける」こと。これさ、いろいろ考えた結果、「年功序列」が一番安心して働けるね、ってなったんだよね。それで、年齢、キャリア、BowLでの社歴の3項目をベースに、年功序列型の賃金テーブルと昇給レートをつくったわけさー。
ーなんと。ー周回って、年功序列(笑)。多くの日本企業で長年採用されてきた仕組みなだけありますね。
だからよねー。
そして、これはベンチャーあるあるだと思うけど、月例給与は最初、入社時に個別に決めて入っているから、メンバー間でバラバラだったわけよー。そこから同じ基準に整えるのは相当むずかしかった。同じ基準で給与改定しようとすると、やっぱりどうしても今よりも給与が下がる人が出てきたりして、痛みが出てしまう。だから、メンバー全員の給与がなるべく下がらないような、共通の賃金テーブルをつくることをとにかく意識した。
試行錯誤の甲斐あって、全メンバーが現状よりも給与が上がるテーブルがつくれたという。唯一、給与テーブルのロジックを組んでいる当人であるまっきーさんを除いて・・・
全メンバーの給与が下がらないようなロジックは、何回やっても本当にこれしか見つからんかったわけ。俺だけ下がるけど、それ以外は全員上がる。最終的に「この給与体系でいきましょう」と顧問税理士と話してるときに涙出てきたよ。
ーえ!まっきーさん、泣いたんですか!
うん。顧問税理士さん、びっくりしたはずね(笑)。結構辛かったよ。BowL辞めたくなるぐらい苦しかった。創業者利益=過去の頑張りを自分で否定するような感覚にもなってさ。まあ、泣いてすっきりしたんだけど。
なるべく痛みの出ない制度の構築と脱構築を、痛みを抱えながら繰り返すまっきーさん。泣いたらすっきりしたのか!
意図せず発せられるメッセージに注意
月例給与なんだけど、他には、資格手当と子育て手当っていうのをつくってさ。資格手当に関しては、精神保健福祉士や公認心理師など、うつ病の方のサポート業務に必要な資格1つに対して、1万円の手当をつけている。これは「専門性を持った上で、より良い支援をしてほしい」というメッセージでもある。資格取得のための無金利の貸付制度や資格取得後の補助もあって、それはメンバーの「学びを支援する」といった意味も込められている。
たださ、「資格をとれば、給与が上がる」というふうには受け取ってほしくないから、2つまでしか資格手当をつけていないわけ。それでも3つ目、4つ目の資格をとる人がいるよ。これは、仕組みの意図がしっかりと伝わっているなーって思う。
一方で、「私は頑張ってないから、給与が上がらないんだ」と受け取られてしまうこともある。これは、意図とはまったく違うメッセージとして伝わってしまっている例だけど、こういうこともよく起こるわけさ。
制度を通じて、意図しないメッセージが一人歩きしてしまうことがある。制度を作って終わり、ではないのだ。組織運営の中で日々コミュニケーションを取り続けることが大事。当たり前のことのように聞こえるけど、この当たり前をなおざりにしない組織は稀だと思う。
月例給与に関しては新しい基準ができて、これまでやっていた評価面談がなくなって、評価者を見ながら仕事をするということがなくなったわけさー。そうして、いよいよ横に置いておいた賞与に手をつけよう!となったんだよね。
(前編インタビューおわり)
目的と手段は反転しやすい。なかでも「お金」は、容易に目的化しやすい。そんな「お金」を、組織内でどう分配するのか。それを誰がどうやって決めるのか。彼らが試行錯誤しながら取り組んでいるのは、人を手段化しない給与・賞与の仕組みづくりである。その先、およびその過程では「支援し合う関係性」が育まれる。
後編では、賞与の仕組みづくりの再チャレンジの過程と、一連の試行錯誤から浮かび上がってきた「『基準』はなんのため?」という問いを中心に掘り下げていきます。
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