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母親が作文を笑ってくれたから芸人を選んだのかもしれない

2月に漫画を出版した。
実体験を元にした芸人の話である。

漫画を出版するにあたり、沢山取材というものを受けた。
何度か取材を受けていると質問のある程度の傾向がわかってきた。
・なぜ漫画を描いたのですか?
・元々漫画を描いていましたか?
・芸人にはなぜなろうと思ったのですか?
この三つは、ほぼどの取材でも聞かれた質問だと思う。

そりゃあ同じことを聞かれてるんだから、同じことを答える。

芸人になぜなろうと思ったのか?という質問には、こう答えていた。
「最初は漫画家になりたかった。友達に自分が描いた漫画を貸して読み終わったら、面白かったでーと言って返してくれたけど、いまいち反応がわからなかった。だから、今度はギャグ漫画を描いて、友達に貸した。授業中こそこそバレないように自分の漫画を読んでる友達が肩を揺らして笑っているのが嬉しくて、そこからお笑いに興味が出てきて芸人を目指した。」

大体このような内容の回答をしてたし、出来事としては本当のことである。

何度目かの取材が終わった時、本当にそれだけの理由がきっかけで芸人を目指したのか?と疑問を持った。

どちらかといえば中学高校の頃は、ふざけてる奴だったと思う。
かといって目立ちたがりってほどでもない。
高校3年の時、学校の行事で同級生と漫才をした。
バカくそウケた。
それはまあ内輪というのか同じ学校内の人がやってるんやから笑ってくれる。
ただその頃には既にお笑いをやろうと思っていたから、キッカケではない。

もっと遡る。

小学生の頃なんて人前で喋ることはもちろん出来ないし、面白いことを言うことも思いつくことも出来なかった。

日直が毎日座席順で変わっていく仕組みで、自分の日直前夜に「起立、礼、着席」でボケて目立てないか悩んだことがある。
「起立、礼、着陸」しか思い付かなかった。
おもんな過ぎて、もちろん言えなかった。
この時の自分を知っているけど、こいつが芸人になるはずがない。

こいつが急にではなくとも、お笑い芸人を目指す方向に舵を切ったのは何があったからなのか。

ある時

ふと思い出した。

作文だ。

小学生の頃、母親が、僕の作文を読んで爆笑していた。
なぜか定期的に最近の出来事を作文にする宿題がよく出ていた記憶がある。
全然笑わせるつもりがない内容だったから、こっちからすれば笑われてると思って最初は嫌な気分だった。

国語が1番苦手で作文はめちゃくちゃ嫌いだった。
適当に書いてるつもりはなかったけど、なんか母親にだけ激ハマりしてた。

家で家族が全くやり方も知らないのに、蕎麦粉から蕎麦を作って、生地が硬過ぎて一本が割り箸くらい太い蕎麦が完成して、全部鯉に食わせた話。

風邪ひいて学校を休んだ話を書いた作文のタイトルが「下痢」だったこと。

「あんたの作文面白いから、提出して返してもらったら、お母ちゃんにちょうだい!」
母親は、なぜか僕の作文だけ貯めてた。
作文のファンが出来た。

たまに笑わせようとして狙うと、「それは違うわ」とちゃんと滑った。
なんでもいいわけじゃないらしい。
国語はそれからもずっと好きになれなかった。
でも、文章とか話を考えることは好きになった。

思えばお笑いを見て笑って好きになって、自分でもやりたくなったのなんてもっと後の話で、最初はクソガキが書いた下痢の作文を母親が面白がってくれたことから始まったんだとわかった。
「汚いこと書きな!」と怒る方が立派な親だと思う。
だから、調子に乗ってしまった子供は、芸人なんて仕事に興味を持ってしまった。

このnoteを母親は笑ってくれるだろうか。

今度URLを送ってみようかと思う。

夏ですね スイカでも食いたいもんですわね