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好きなこと、これまでの経験、すべてが研究のヒントになる|近藤千尋 #4

ポーラ「WE/Meet Up」主催の、たった一人のゲストを招待する特別な場。今回のホストは、ポーラ・オルビスグループのリサーチセンターに所属する研究員・近藤千尋さんです。近藤さんは、国内外を飛び回って「美」に関する情報をボーダレスに収集する、通称「ぶらぶら」研究員。ポーラ化成にて基礎研究の第一線で活躍した後、現在のキュレーションチームのリーダーに就任しました。そんな彼女の元を、バイオ系の研究をしている大学院生のゲストが訪れます。研究者として、そして人生の先輩でもある近藤さんに、ゲストはどんな悩みを相談するのでしょうか。ポーラ化成の研究所を「ぶらぶら」しながら、二人の対話が始まります。

「ぶらぶら」では、偏見をもたずにイメージをもつ

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横浜駅から電車で10分ほど下った戸塚駅。そこから車で5分ほどのところに、ポーラ化成 横浜研究所があります。とある冬の日の夕方、今回のゲストである仁木杏樹さんが研究所を訪れました。

出迎えた近藤さんは、仁木さんを入り口横の小さな庭に案内しました。庭には、画期的な研究成果やその成分を用いた製品が国から承認を受けたことを記念し、桜が植樹されています。近藤さんからこの研究所から業界をリードするような革新的な成分や新製品が開発されてきたと聞き、驚く仁木さん。ここから、発見がいっぱいの研究所「ぶらぶら」ツアーが始まりました。

仁木さんは自らを「化粧品オタク」というほど、化粧品に興味があるそう。その原体験は、子どもの頃に習っていたバレエ、そして高校の文化祭にありました。

「バレエの発表会が人生初のメークでした。でも当時は肌に合わなかったのか、翌日肌が荒れてしまって。そのことからずっとメークに苦手意識があったのですが、高校の文化祭で友人がメークをしてくれたんです。そうしたら、自分の肌がメーク前よりすごくきれいに見えました。『お化粧って肌をきれいにしてくれるものだったんだ』と、本来の機能を実感したんです」(仁木さん)

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仁木さんは現在、大学院の修士課程に在籍しているとのこと。専攻は分子生物学で、遺伝子の修復機構をテーマにしています。話を聞いていくうちに、映画にもなっているゲーム『バイオハザード』から、バイオ系の研究に興味を持ったという意外なきっかけも飛び出しました。

「実験には何を使ってるんですか? ヒトの細胞?」(近藤さん)

「大腸菌です」(仁木さん)

「わあ、懐かしい。昔使ってました」(近藤さん)

と実験トークで盛り上がったところで、近藤さんから「ぶらぶら」についてのヒントを話してもらいます。

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「ぶらぶらのチームでは、行く前に目的の場所についてのイメージを持つようにしています。研究仮説みたいなもの、というとわかりやすいかもしれません。イメージを持っていると、それとどう違うのか、逆にどこがイメージ通りだったか、といろいろなことに気づきやすくなるんです。でも、仮説と偏見は違うということは意識しています。『こうに違いない』と決めつけるのではなく、あくまでイメージなんです」(近藤さん)

「だから、まずポーラの研究所はどんなところなのか、自分なりのイメージをもって『ぶらぶら』してもらいたい」と仁木さんに伝える近藤さん。どんなイメージか聞くのはあとのお楽しみにして、研究のフロアに移動します。

初めて訪れる場所だけど、なぜか落ち着く

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4階は基盤研究のフロア。壁にはIFSCC(国際化粧品技術者会連盟)という「化粧品のオリンピック」とも言われる国際学会の表彰状や、発表内容のポスターが貼ってあります。ポーラはこのIFSCCの最優秀賞を何度も受賞し、受賞数でいうと世界第2位なのだそう。

「ここで働いている研究員は100人弱。規模で言えばそんなに大きいわけではありません。でも、なぜこうした賞を何度もいただけるのかというと、発想がユニークだからだと思っています」(近藤さん)

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日本で10年ぶりに承認された新たな美白成分(※)や、シミの「居座り」の原因になる色素細胞の変化、筋肉とシミの関係性など、近藤さんが説明する研究内容を興味深そうに聞いている仁木さん。「メーカーの研究は、論文として発表するだけでなく、製品として物になるのが大学の研究とは違います。自分が関わった製品はやっぱりかわいいもので、発売日にこっそり店頭に見に行く人も多いですよ」という近藤さんの話に、深くうなずいていました。

※PCE-DP:デクスパンテノールW(効能・効果:メラニンの蓄積を抑え、シミ・ソバカスを防ぐ)

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話をしているうちに、実験室に着きました。初めて入る化粧品会社の実験室……と思いきや、仁木さんは案外リラックスした様子。

「ピペットとか、大学で使っているものと一緒だと思います。なんだか、落ち着きますね」(仁木さん)

細胞などを保存しておく超低温フリーザーを見つけた仁木さんは、「停電がこわい」という話で近藤さんと意気投合。せっかく増やした細胞などが、温度が上がることでダメになってしまうことがあるのだそう。研究テーマは違えど悩み事などが共通していることで、仁木さんは研究所に親近感をもったようです。

化粧品のテクスチャーは、匠の技で生み出される

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3階は、化粧品の素材や剤型を開発するフロアです。実際のクリームやファンデーションなどのテクスチャーや機能などを研究しています。少し化粧品らしい香りなどもして、4階とはまた違った雰囲気です。
実験室の棚には、たくさんの原料が並んでいます。「調味料みたい」と言う仁木さんに、近藤さんは「そう、ここでやっていることは料理に近いんです」と説明します。

「さまざまな原料を組み合わせて、感触がよく安定したものをつくるのは、職人芸と言ってもいいスキルが必要。『こんな感触、実現できるんだ』と驚くこともよくあります。ここには匠(たくみ)がたくさんいるんです」(近藤さん)

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奥に進むと、一人の研究員が実験をしていました。「あ、中谷くん久しぶり! 元気?」と近藤さんが声をかけます。中谷明弘さんは2010年入社で、現在は化粧品の感触や機能を決めるレシピを設計しているそうです。「何千種類とある原料の中から数十種類の原料を選び出し、その配合量と組み合わせで唯一無二の製品をつくり上げていくんです」と自分の仕事について説明してくれました。

服やスマホにつかないファンデーションや、海水で落ちない上に海水に触れるとSPFが上がる日焼け止めなど、革新的な製品開発に携わっている中谷さん。具体的な製品の話に仁木さんも興味を惹かれ、「ここにあるのはなんですか?」「実験室で作ったものを量産するのは難しいですか?」など積極的に質問をしていました。

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実験室を出た後に、近藤さんが「今回、仁木さんをゲストに選ばせてもらったのは、応募時に私のことだけじゃなくて『ポーラの研究員はどのような存在ですか』と書いてくれたことも理由の一つなんです」と言いました。

「現場でデータをとっている研究員は地味に見えるかもしれないけれど、彼らや彼女らがいるから研究開発が成り立っている、とても大切な存在。その一人ひとりを見ようと思ってくれていることが、すごくうれしかったんです」(近藤さん)

軸を持っていないと就職できない? 就活生に共通の悩み

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一通りフロアを見学し、「イノベるーむ」というイノベーションを生み出すためのヒントがつまった小部屋にやってきました。ふかふかのソファに座って、一休み。ここから、さまざまなテーマについて二人でトークしていきます。まずは、見学前に近藤さんが言っていた「『ぶらぶら』する前に、その場所についてイメージをもっておく」ということについて。仁木さんはポーラの研究所にどんなイメージを抱いており、見学してどう感じたのでしょうか。

「ここに来るまでは、化粧品会社の研究所だし、華やかで普段私がいる大学の研究室とはぜんぜん違うんだろうな、と思ってたんです。でも、空間自体はそんなに変わらないんですね。違うのは研究員の人たちの頭の中。研究する人たちの個性が生かされて、ポーラならではの製品が生まれてくるのだと思いました」(仁木さん)

それを聞いて近藤さんは我が意を得たり、という顔をしていました。

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ここで「ぶらぶら」の情報収集のテーマである「美」に関連し、仁木さんが「最近美しいと思ったもの」を紹介してくれました。それは「サン=トロペの港」という新印象主義の画家ポール・シニャックの絵画でした。仁木さんは、この絵の明るさに惹かれ、目が離せなくなったといいます。

「なぜこんなに明るいと感じるのか調べたんです。そうしたら、絵の具を混ぜない点描法で描かれていると知りました。光は重ねると白くなるけれど、絵の具は混ぜれば混ぜるほど黒くなってしまう。それを避けるために、点で描いているそうです」(仁木さん)

また、色の配置も補色の関係になる色を配置し、鮮やかに見えるよう工夫しているのだそう。このように科学的に計算して描かれていることを知り、仁木さんは感動したといいます。

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「ポール・シニャックさん自身、話し好きで陽気な人だったそうです。私自身、バイオリンを習っていた時に思ったのですが、表現には内面がすごく反映されるんですよね。同じ楽譜でも弾く人によって印象がガラッと変わる。きっとシニャックさんが明るい人だったから、こんなに明るい絵なんだろうなと思いました」(仁木さん)

この話を聞いた近藤さんは「こんなに深く話してもらえるなんて」と驚いた様子。「ぶらぶら」の活動と近しいものを感じたようです。
そこから話は、仁木さんが応募時に「近藤さんと話してみたいこと」として書いてくれた「私の軸というものは一体何であるのか」というテーマへ。
「バイオリンやクラシックバレエを習っていて、こんなふうに美術にも興味があって、大学院で研究もしていて、十分すごいのになぜ軸に迷っているの?」と聞かれた仁木さんは、「就活がはじまるんです」と答えました。

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「就活となると、みんな『自分の軸を持て』というんですよね。それで、その軸で社会にどう貢献できるのかといったことを問われる。でも、今の自分にこれ、というものはなくて……」(仁木さん)

言いよどむ仁木さんに「それはつらいね」と共感する近藤さん。近藤さんも、大学時代は「死ぬほど悩んだ」そうです。

「仁木さんや、他の同じくらいの年代の応募者の方が書いていることを読んで、私が大学院生だった15年前と悩みはあまり変わらないのだ、と思いました。研究職って、あんまりこういう先輩の話を聞くことがないからかもしれないですね。私が企業の研究所で働いて思ったのは、世間が求める枠にはまらず、自分の個性を出しても世の中は受け入れてくれるということ。研究の仕事は、むしろそれが生かされるということです」(近藤さん)

これまでの経験はすべて財産。すべてが研究に生かされる

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「軸がなければ就職できない、なんてことはないはず。マニュアルにのっているような立派なことを言われるよりも、何が好きでどういう人間なのか素直に表現してくれたほうが、企業側としても助かります」という近藤さんの言葉に、ホッとしたような表情をみせる仁木さん。模範解答を出すことに必死で、音大を目指すほどがんばっていたバイオリンが楽しくなくなってしまった経験についても語ってくれました。

近藤さんいわく、音楽などを一生懸命がんばったことは、一見関係ないように見えて、研究テーマを発想する時のヒントになることがあるそう。「その経験は、仁木さんの財産ですよ」という言葉を、仁木さんは「財産かあ……」と深く噛みしめるように繰り返していました。

「一枚の絵からあんなにいろいろ調べて話してくれるなんて、仁木さんは良いアンテナを持ってるんだと思います。気付けることが多いんですね。世の中にはまだ気づかれていない課題、もっとこうだったらいいのにという点がたくさんある。仁木さんのアンテナを生かしてそれらを見つけ、発信していってほしいですね」(近藤さん)

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ここで近藤さんが、音楽やアートなど仁木さんの興味分野は、化粧品の開発と接点があると話し始めました。その一例が、ポーラのブランド「ディエム クルール」。このブランドのファンデーションでは、ピンク、イエロー、ブルー、グリーンといった色を点描画のようにのせることで透明感や奥行きを出しています。

「これは一人の研究員が、本当に点描画からヒントを得て開発したんです。ポーラは美術館も運営しているので、全員にとってアートが身近な存在です。研究員も日常的にアートという言葉を使います」(近藤さん)

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「ぶらぶら」で集めてくる情報にも、アートの要素はたくさん入ってきます。例として、カナダの医師会は治療として美術館訪問を”処方”している、アムステルダム国立美術館でやっているレンブラントの『夜警』の修復ライブ配信が人気、といった情報をまとめたカードを近藤さんが見せてくれました。
カナダの医師会についての情報は、ポーラ・オルビスグループのデザイナーが教えてくれたそう。「ぶらぶらチーム」には、グループのさまざまなメンバーから美に関する情報が寄せられています。

また「ぶらぶらチーム」では、グループで「美」について考えるために、アーティストや伝統工芸の職人と対話をする機会も設けています。イノベルームには、西陣織の老舗からもらったという「世界一複雑な織物」が置いてありました。それを触って、「えっ、立体になっている」とびっくりする仁木さん。縦糸と横糸の層を20くらい重ねて織られた、薄い建築物のようになっている特別な織物なのだそうです。

美を考えるために必要なのは、やわらかくいること

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日本の伝統的な美をつくってきた人が何を培ってきたのか。それを踏まえて、各国の美意識はどうなっているのか。そういったことを、国内外を訪れて考えている「ぶらぶら」チーム。この時に近藤さんが気をつけているのは「柔軟でいること」です。

「こうじゃなきゃいけないと決めることは、差別につながってしまう気がして。これからの世の中で美というものを考えるなら、軸だけに固執するよりも、感性や思考をやわらかく保っていたほうがいいと思っています」(近藤さん)

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こうした近藤さんの話を聞き、「就活でも模範解答はつくらなくていいのかな」と気づいた仁木さん。

「過去にやってきたことをそのまま自分らしく表現し、就活を乗り越えられたらいいですね」(仁木さん)

「今日仁木さんとお話して、すごく楽しかったし、魅力的な人だと思いました。そのままで大丈夫ですよ!」と太鼓判を押す近藤さん。晴れやかな顔で研究所を後にした仁木さんから、後日こんな感想が届きました。

「印象に残っているのは、『仮説を持ったほうがいいけれど、偏見を持ってはいけない』という近藤さんの言葉です。この二つは似ているようでまったく別物なのだと思います。日常生活のなかでも、仮説を持つといろいろなことに目を向け、チャレンジもしやすくなる気がします。逆に偏見があると、窮屈で何もできない気持ちになり、つまらなくなります。仮説を持つか、偏見を持つかで学べることや経験できることが大きく違ってくると考えました。
今回お話したことで、ありのままの価値観で良いと思えるようになり、気持ちがすっきりしました。近藤さんが本当に素敵な方で、私もあんな大人になりたいです。将来の夢が、また一つ増えました」

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Meet Upの後にも、二人はメールなどでやり取りをしているそうです。一人の悩める若き研究者が、先輩から勇気をもらい、将来を前向きに考えられるようになった今回の対話。同じような進路の悩みを持っている人が読むことで、心が楽になるかもしれません。


■世界中を「ぶらぶら」するのが私たちの仕事。異色の研究員現る|近藤千尋 ♯1

■大学の研究に挫折した私を、会社のチームが救ってくれた|近藤千尋 ♯2

■宇宙からファッションまで。世界中の「美」を集める仕事|近藤千尋 ♯3

この記事は、POLAが発信するイノベーティブ体験「WE/」のコンテンツを転載したものです。ぜひ「WE/」のサイトもご覧ください。
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