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世界中を「ぶらぶら」するのが私たちの仕事。異色の研究員現る|近藤千尋 #1

今回『WE/ Meet Up』に登場するのは、ポーラ・オルビスグループのリサーチセンターに所属する研究員・近藤千尋さんです。ポーラの研究員というと化粧品の開発をしているイメージが浮かびますが、彼女のチームの仕事は国内外を「ぶらぶら」すること。美容、化粧品に限らず、あらゆるジャンルの情報をボーダレスに収集し、ポーラの研究の未来を考えています。そんな近藤さんはこれまでどんな研究をし、ぶらぶらするに至ったのか。最初はそのお話をうかがうことにしました。

近藤千尋(ポーラ・オルビスグループ リサーチセンター 研究員)
2004年、東京大学大学院 薬学系研究科卒業後、ポーラ化成工業入社。シミ・しわに関する基礎研究に従事。2016年より研究企画にて研究戦略やオープンイノベーションの推進を開始。2018年より、ポーラ・オルビスホールディングス マルチプルインテリジェンスリサーチセンターにて、世界各国から新たなシーズとニーズの探索を行う「キュレーションチーム」のリーダーを務める。

新しい美白成分は、10年前に見つかっていた

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――まずは、これまでのお仕事の話を聞かせていただきたいです。ポーラには新卒で入られたのでしょうか。

はい、大学院では分子生物学を専攻していて、修士課程を終えてからポーラ化成工業の研究所に入りました。最初の半年は医薬品関連の基盤研究をしていたんです。そこから、現在はフロンティアリサーチセンターと呼ばれている基盤研究の部署に移り、シワやシミの研究を10年以上やっていました。例えば、2019年に発売された新しい「ホワイトショット」の美白成分※は、10年前に私が所属していたチームで見つけたものなんです。

――近藤さんのチームの発見だったんですね。そういった新しい成分というのは、どういうふうに見つけるのでしょうか。

発想と技術と両面から考えていきます。例えば美白成分であれば、根本的な「そもそもなぜシミができるのか」ということを考えたり、シミができている皮膚とできていないところは何が違うのかを分析したりします。前提となっていることを疑うと、新しい切り口が見えてくるんです。このときは、「シミを防ぐにはメラニン色素を生成する細胞の働きを抑制するべき」という常識から離れてみました。そうすることで、「表皮細胞のエネルギーを高める」という新しい着眼点が生まれたんです。

※メラニンの生成を抑え、シミやソバカスを防ぐ成分

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――成分が見つかったら、効果を検証するんですよね。

はい。安全性に問題がないかが確認できてから、本当に効果があるかをチェックします。何週間か継続して塗布した結果が出てくる時は、ドキドキしましたね。ビフォー・アフターの写真を見たら、ちゃんとシミが薄くなっていたんです。その時は周りからも「おおー!」という声が上がりました。
発見した有効成分が効くと信じて開発しているけれど、実際に効くかどうかをチェックするまではやっぱり不安があるんです。想定外の阻害要因があるかもしれない。それが見た目にもわかるくらいで結果が出ると、やはりテンションが上ります。

――まさに研究開発の醍醐味ですね。

まだ世界で誰も知らないことを自分だけが知っている。これは研究ならではの喜びです。でも、製品になるまでにはまた違う苦労や達成感があるんですよね。チームの誰一人欠けても、世には出なかったと思います。だから当時、新しい美白成分を呼ぶ時のコードネームを、チームメンバーの頭文字や誕生月の数字を並べてつけたんですよ。他所の人が聞いてもなんのことかわからないけれど、チームメンバーは自分が関わっていると実感できるように。

――チームの結束力がうかがえます。それにしても、有効成分が見つかってから製品として発売されるまでに10年もかかるんですね。

研究メンバーだけでなく、量産したり、パッケージのデザインがついたり、ブランドコンセプトがつくられたりと、製品になるまでには本当にたくさんの人が関わっています。特に今回のような行政の承認を得る必要がある新成分の場合、研究の成果が出て、有効な成分を見つけ、かつ、それが承認を受けて製品にまでなるというのはすごく確率が低いこと。だから、実際に発売されたときはうれしさよりも、ホッとした気持ちが勝りました。

筋肉や植物の菌? 美肌への意外なアプローチ

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――なにか一つでもピースが欠けていたら、現在の「ホワイトショット」シリーズはなかったかもしれない。美白の研究というのは、今も続けられているんですか?

私は現場の第一線から少し離れたのですが、ポーラ内では今でも美白の研究は続いています。2018年にうちの研究員が学会で発表した、おもしろい論文があるんですよ。筋肉とシミの関係性について研究したものです。

――顔の筋肉ですか?

それが顔ではないんですよ。全身の筋肉量が関係しているんです。

――顔のシミなのに、全身の筋肉が関係している……。

「どういうこと?」と思いますよね(笑)。私も最初は、実験が失敗したのかなと思いました。でも、そうではなかったんです。この発見の背景には、2000年を過ぎた頃から大規模な遺伝子情報を比較できるようになったという技術の進歩があります。

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――「発想と技術の両面から考える」の技術の面ですね。

そうです。こういう技術が出てきたら、どうやって我々の研究に応用できるかということを考えます。シミでいうと、これまではAさんのシミができている部分、できていない部分の細胞の遺伝子情報を比較していました。でも、AさんとBさんという別の人間の遺伝子情報も比較できるようになったんです。
では、同じような年齢、同じような環境で生活していても、シミができやすい人とできにくい人がいるよね、と。シミに関連している要因は紫外線だと考えられていたけれど、同じ紫外線にさらされてもシミができづらい人がいる。その人はどういう体質なのかを調べたんです。

――そこで筋肉量という要因が見えてきた。

全身の筋肉量が多い人ほど、シミが少ないことがわかりました。どうやら、筋肉がシミを抑制する物質を放出しているようなんです。シミだけでなく、シワや毛穴などの見え方も筋肉が関係しているということがわかってきました。

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――美肌になるためには筋トレをするべきだったとは。

紫外線を防ぐという方向からはかけ離れたアプローチですよね(笑)。もう一つ意外な研究成果としては、美肌には菌が関係しているということもわかってきました。

――ニキビの原因がアクネ菌、といった話は聞いたことがありますが。

皮膚にいる常在菌のことは、前から言われていましたよね。でも、そうじゃないんです。菌のデータベースで調べると、肌状態がいい人は農場や植物に住むような菌を多く持っているということがわかりました。

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――農場や植物、ですか? では、美肌になりたければ畑仕事をしたらいいということでしょうか。

畑仕事を1回したからといってすぐに美肌になる、といったことではないとは思うのですが、自然と触れ合う機会をつくるのは肌にとってプラスになると思います。昔から森林浴や農場体験に行くと元気になった、といったことは人の実感レベルでは起こっていたでしょう。そうしたすでに「なんとなく知っていた」ことの理由が、研究が進むことでわかってくる。それはすごくおもしろいなと思います。みんながまだ気づいていないこと、解けていない不思議というのはこの世にたくさんあるんです。当たり前を疑い、うまく問いを立てられると、研究として成果が出ると思っています。

異分野の間に立って、翻訳者となる仕事

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――現在、近藤さんは研究の現場から少し離れているとおっしゃいました。今はどういった仕事をされているんですか?

いったん、研究全体の戦略を考える部署に異動し、さらにその後は外の情報を入れながらグループの研究の方向性を探る、という立場になりました。2018年の1月に組織体制が変わり、今は研究組織の中でも、マルチプルインテリジェンスリサーチセンターというところに新しくできたキュレーションチームのリーダーとして、新しい技術やニーズに関する情報を国内外から集める仕事をしています。

――化粧品会社では、そういったキュレーションチームはよくあるのでしょうか。

マーケティングの部署などで情報収集のためのメンバーが結成されることはあると思うのですが、研究員がキュレーターとなって情報を集めるというのは、めずらしいかもしれません。研究員というのは基本的に、専門を活かした研究に集中していて、なかなか外に出ていかないものなんですよね。他社の事例では聞いたことがないので、一から自分たちで考えて手探りで活動しています。

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――そこが、ポーラのキュレーションチームのユニークなところなんですね。

あとは、このキュレーションチームに所属しているメンバーを「ぶらぶら研究員」と呼ぶのが、ちょっとユニークかもしれません。

――ぶらぶらされてるんですか。

本当にぶらぶらしてますね。チームのメンバーは私を入れて6人で、それぞれが世界各国をぶらぶらしているので、メンバー全員が揃うことはかなり稀です。情報が集まるのを待つのではなく、自ら情報を取りに行くというところも、ポーラっぽいなと思います。

――「ぶらぶら」することを公式に認められている社員は、なかなか他の会社にはいないと思います(笑)。

そうですよね(笑)。私としては、ただ情報を取ってくるのではなく、自分たちの研究と外の世界をつなぐ間に立つ仕事だと思って取り組んでいます。翻訳者のような気持ちですね。異分野の人に、専門用語を使って私たちの研究の話をしても、興味を持ってもらえない。でも、なにか共通しているところを抽出して、相手の言葉で説明すると「その技術をこっちの分野に応用したら、こんなことができるかも」と話が広がる。
逆もそうです。うちの研究員に他のジャンル、例えば宇宙やファッション業界の話をしてもぽかーんとされてしまいます。でも、現在の研究に紐付けて、イメージがわくように説明したら「じゃあ、美肌の研究にこの部分が応用できるかも」と発想が広がります。

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――間に立って、化学反応を引き出すようなことをされているんですね。

人同士の化学反応って、自分も考えるけれど、相手にも考えてもらわないと起こらないんですよね。だから、わかりやすく伝えたり、相手の知っていることに紐づけて情報を渡すことで、化学反応が進むと思っていて。そこが、間をつなぐ私の仕事だと思っています。


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■宇宙からファッションまで。世界中の「美」を集める仕事|近藤千尋 ♯3

■好きなこと、これまでの経験、すべてが研究のヒントになる|近藤千尋 ♯4

この記事は、POLAが発信するイノベーティブ体験「WE/」のコンテンツを転載したものです。ぜひ「WE/」のサイトもご覧ください。
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