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ホテルはメディアであり、ドラマティックが溢れている|龍崎翔子 #3

ホテルプロデューサーの龍崎翔子さんは、北海道の富良野と層雲峡、神奈川県の湯河原、京都の東九条、大阪の弁天町にそれぞれコンセプトの違うホテルを作り、運営しています。19歳で始めたホテル事業。それから5年経ち手がけるホテルの数も増えた今、龍崎さんはいま「ホテル」というものについて、どう考えているのでしょうか。「ライフスタイルの試着」「広告装置」など、単なる宿泊施設ではないホテルの可能性が、龍崎さんのお話を通して見えてきます。

龍崎翔子(L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.代表/ホテルプロデューサー)
1996年生まれ。2015年にL&G社を設立。「ソーシャルホテル」をコンセプトに掲げ北海道・富良野の「petit-hotel ♯MELON 富良野」や京都・東九条「HOTEL SHE, KYOTO」をプロデュース。2017年9月には大阪・弁天町でアナログカルチャーをモチーフにした「HOTEL SHE, OSAKA」を、2017年12月には湯河原でCHILLな温泉旅館「THE RYOKAN TOKYO」を手がける。2018年5月に北海道・層雲峡で廃業した温泉旅館を再生した「HOTEL KUMOI」をオープン。

ホテルはメディア。街、人、文化を媒介する

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――龍崎さんは、これからのホテルはどうあるべきだと考えていますか?

未来を語るような大きな話ではないんですが、私たちが運営しているホテルは、ただお客様に快適に泊まっていただくだけの施設ではありません。メディアなんです。そこに、これからのホテルを考えるヒントがあるかもしれません。

――ホテルがメディア、ですか。

はい。私たちのホテルには、3つの柱があります。「人と街をつなげる」メディア、「人と人をつなげる」メディア、「人と文化をつなげる」メディア、です。
街、人、文化を媒介するホテルをつくっています。

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――「人と街をつなげる」というのは、その街らしさを体現したホテルであることのほかに、地域に対して何か働きかけをされているのでしょうか。

その地域を盛り上げようとした時、一番大事なファクターはその地域に住む人の自己肯定感。地元の人に、街への誇りを持ってもらうことだと考えています。それに対して、私たちができることはすごく限られているんですよね。でも、できることから少しずつやろうという思いはあって、HOTEL SHE, OSAKAでは自治体と連携してフリーのローカルリトルプレスをつくりました。
HOTEL SHE, OSAKAのある弁天町は、大阪港の近くにある港町です。まあまあ便利で悪くはないけれど、わざわざ遊びに行くようなところでもない。そんなに地元の人達も、自分たちの街をカッコいいとは思っていない感じだったんです。なので、地元のイケてる場所とか、実は味わい深い場所、景色のいい場所などを取材して写真をとって、街を改めて紹介しました。するとフリーペーパーを読んだ地元の人から「こんな場所があったなんて知らなかった」などけっこう反響がありました。こうした地味な活動を積み重ね続けることで、長期的に見たら地元愛を高められるのかなと思っています。

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――「人と人をつなげる」というのは?

これは、富良野のペンションをリノベーションして始めた「petit-hotel ♯MELON」での経験から気づいたことです。この富良野のプチホテルは、私が大学を休学して初めて手がけた宿泊施設で、母と二人でサービスをしていました。だから全然リソースが足りなくて、部屋の内装にお金をかけることもできないし、送迎などの手間暇をかけるのも難しい。
そんななか、お客様に少しでも満足してほしくて、ラウンジでお酒を無料で出すというサービスを考えました。夜は周辺の店も閉まっちゃうし、部屋にテレビもなかったし、きっとお客様は暇だろうなって思ったんです。だったら部屋から出て、ラウンジで自由にHave a good timeしてくれたらいいなと。そのサービスを始めてしばらくしたら、ラウンジがめっちゃ盛り上がってソーシャル爆発してたんですよ。

ホテルは、ライフスタイルの試着室

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――ソーシャル爆発(笑)。人々が集まって、活発に交流していたんですね。

ものすごいソーシャル空間が広がってました。そのあたりから、お客様の満足度もぐっと上がったんです。外国のお客様も多かったのに、ラウンジで意気投合した人が実はご近所さんだった、なんて出会いもあったようです。そこで仲良くなって、一緒にスキーに行ったお客様もいました。
ホテルに出会いを期待している人はいないと思いますけど、旅のポジティブな予定不調和はうれしいもの。普段の生活では接点がない人が同じ空間で一晩過ごす、ホテルという箱のポテンシャルは、すごく高いのだと気付かされました。じゃあ、人と人が出会う場所としてもっとホテルを機能させよう、というのが私たちのホテルの2つ目の柱です。

――では3つ目、「人と文化をつなげる」というのはどういうことでしょうか。

ホテルって、ライフスタイルを試着できる場所だと思うんです。今回、HOTEL SHE, KYOTOにお泊りいただいて、部屋にあったレコードはお聴きになりましたか?

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――はい。レコードプレイヤーを使ったことがなかったのですが、針を落としたら聴くことができて、音が鳴った時にちょっと感動しました。

ああ、よかった……。そういう出会いを用意できるのが、ホテルの強みだなと思うんです。もし雑誌でいくらレコード特集を組んだとしても、体験としてレコードを聞いてもらうまでには距離がある。でも、ホテルの部屋にレコードがあったら、その場で聴くことができるんです。
で、けっこうレコードで音楽聴くのっていいですよね。私自身、クリスマスに彼氏にレコードプレイヤーとレコードをプレゼントでもらった経験があって、そこから考えたんですよ。

――レコードプレイヤーが欲しいって言ったんですか?

いえ、そんな素振りも見せたことないのにいきなり渡されて(笑)。最初は意図がよくわからなかったんですけど、やっぱり家にあると針を落としてみたくなるんですよね。あと、レコードショップの前を通りかかったら入ってみようと思ったり。レコードプレイヤーが家に来たことをきっかけに、新しい経験がいろいろできました。
HOTEL SHE, KYOTOのラウンジでクラフトコーラが飲めるのもその一環で。クラフトコーラというものと出会うきっかけになったらいいな、と。異文化と触れ合うきっかけとなる体験を、ホテルで提供したいんです。

旅は、上下の階層移動から、水平移動を楽しむものへ

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――そうした新しい体験も含めて、「ライフスタイルを試着できる場所」という考え方はおもしろいですね。ホテルには、私たちがまだ気づいていない可能性がまだまだあるのではないか、と思いました。

例えば、ホテルは広告装置にもなるんですよね。大浴場にあるシャンプーが売店でも買える、みたいなのはこれまでもありましたけど、アメニティにとどまらず、もっといろいろな広告機能を持たせられるはずです。一晩泊まるだけで、洗顔したり、パジャマ着たり、ベッドで寝たり、朝食食べたり、衣食住に関わる体験がいろいろできる場所なので。
例えば、HOTEL SHE, KYOTOにはシェアキッチンがあるので、そこでめっちゃいい包丁を使ってみる、とかもできるわけです。自分が普段使っているのとぜんぜん違う切れ味だったら、欲しくなりますよね。

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――泊まったり、長い時間を過ごしたりするからこそ体験できることがいろいろありそうです。

もう、インフルエンサーに商品を提供して発信してもらうとか、正直そういうPRは効かなくなってきている気がします。実際に使った一般の人の感想が、友達にシェアされて少しずつ広まるという方がリアリティがある。だから、ホテルをもっと広告の場所として使えないかな、というのは今けっこう考えています。

――普段使えないものが使えたり、触れたことがないものに触れられたりしたら、それが広告的な効果を期待して置かれていたとしても、客側としては楽しいですよね。

そうなんです。私はホテルって、「わーい!」とテンションが上がる場所であってほしいんですよ。旅の中で萎えるポイントになってほしくない。だから、ワクワク感の演出は大事にしています。旅の思い出の中で、ホテルも楽しかったなっていつか思い出してエモくなってほしい。そういう思いでやっています。

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――旅行の体験は、人生を豊かにしてくれますよね。

そう、それは昔も今も変わらないと思います。でも、旅のあり方が変わってきていると感じます。目的、といってもいいかもしれない。

――どう変わってきているのでしょうか。

旅は、非日常体験をしに行くもの。ここはそんなに変わっていないんですけど、その非日常って、昔は上下の階層を移動することだったんですよね。簡単に言うと、旅行は贅沢をするために行くものだった。旅行のときだけ、社会階層を上にスライドさせる、という感じ。
観光って、「光」を「観る」と書きますよね。その字の通り、他の国、地域の威光に対して「すごい!」と圧倒されるのが「観光」だったんだと思います。例えばパリに行ったら、ツアーで名所旧跡をまわって写真を撮る。そして、日本では買えないブランドバッグを買う。そういうことをしに行くのが旅行、でした。

ホテル事業はこれからがおもしろい

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――いわゆる海外旅行ですね。

今は、ちょっと違う目的の旅行を楽しむ人が増えてきました。それが、同じ階層の水平移動をする旅行。つまり、違う国・地域で自分と同じような人生を歩んでいる人の、いつもの生活を楽しむために行くんです。
パリに行くなら、凱旋門などの観光名所も行くかもしれないけれど、それより地元の人が毎日買うようなおいしいバゲットを買って、自分でサンドを作って食べたりするほうが、魅力的に見えるようになった。

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――たしかに、三ツ星レストランも行ってみたいですけど、それより地元の人が行くようなブラッスリーに行ってみたいです。

これはたぶん、社会の成熟度のフェーズに応じて変化していると思います。だから、これからのホテルはさらに、ラグジュアリーであることよりも、その街らしさを感じられることが求められると思っているんですよ。

――今後はおそらく、海外から日本に来る旅行者が増えますね。そんな中で、龍崎さんはホテルについてどのように考えているんでしょうか。

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最初のプチホテルを富良野に開業して4年。ホテルも5つまで増えて、一緒に働くメンバーもめちゃめちゃ増えました。みんなが持っている翼を広げられるような会社にしたいし、そのメンバーが活躍することでホテルももっと良くなるはず。ホテルの枠を超えた事業もできるようになるかもしれません。今は新規事業の構想に力を入れています。
でも、原点がホテルであることは変わりません。ホテルって予想外のことが起きまくるんですよ。飲み会でメンバーと話していると、爆笑エピソードがこれでもか、って出てきます。「リアルホテルバラエティ」の番組が作れそうだな、と思うくらい。本当におもしろい場所だし、まだまだ掘り起こされていない可能性がある場所なんですよね。どんなホテルを作ろうかと考えると、今でもすごくワクワクします。


■納得できるホテルがなかった。だから自分で作った|龍崎翔子 ♯1

■その街にしかないたった一つのホテルを創り出す、龍崎翔子の頭の中|龍崎翔子 ♯2

■初めての場所、知らない道。見たことのない京都をZINEにする|龍崎翔子 ♯4

この記事は、POLAが発信するイノベーティブ体験「WE/」のコンテンツを転載したものです。ぜひ「WE/」のサイトもご覧ください。
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