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その街にしかないたった一つのホテルを創り出す、龍崎翔子の頭の中|龍崎翔子 #2

弱冠23歳にして、5つのホテルを運営しているホテルプロデューサーの龍崎翔子さん。龍崎さんのつくるホテルはどれも、街の空気感を端的に表現するコンセプトが設定されています。ホテルのあるべき姿について、子どもの頃から考え続けてきた龍崎さん。研ぎ澄まされた思考から、その土地、その宿にぴったりなコンセプトが出てくるまでの過程を、取材場所でもある「HOTEL SHE, KYOTO」を例にうかがいました。

龍崎翔子(L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.代表/ホテルプロデューサー)
1996年生まれ。2015年にL&G社を設立。「ソーシャルホテル」をコンセプトに掲げ北海道・富良野の「petit-hotel ♯MELON 富良野」や京都・東九条「HOTEL SHE, KYOTO」をプロデュース。2017年9月には大阪・弁天町でアナログカルチャーをモチーフにした「HOTEL SHE, OSAKA」を、2017年12月には湯河原でCHILLな温泉旅館「THE RYOKAN TOKYO」を手がける。2018年5月に北海道・層雲峡で廃業した温泉旅館を再生した「HOTEL KUMOI」をオープン。

ビジネス6割、ロマン4割で物件を見定める

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――龍崎さんは現在、北海道の富良野と層雲峡、神奈川県の湯河原、京都の東九条、大阪の弁天町でホテルを運営されています。層雲峡であれば「Vapor(水蒸気)」、湯河原であれば「湯河原チルアウト」など一つひとつに独自のコンセプトがあるのがおもしろいですね。

ホテルをつくるときは、物件ファーストなんです。私たちでリニューアルできそうな閉館したホテルや旅館があれば、見に行って検討します。ビジネス6割、ロマン4割で考えるんです。まずは、その物件と立地がビジネスとして採算が合うか、持続可能かを計算します。

――「ロマン」がコンセプトになるんでしょうか。

そうです。そこから、そのホテルのポテンシャルが最大化できるコンセプトを探していきます。私は、こうしたコンセプトは歴史があればつくれると思っているんです。地理がまったく同じ場所はないですよね。地理が違えば歴史が変わる。歴史が変わると文化が変わる。文化が違うと、また違う空気感になる。それを読み取って、ホテルという形に落とし込みます。

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――2019年にリニューアルした、このHOTEL SHE, KYOTOは「最果ての旅のオアシス」がコンセプトです。これはどこからやってきたんですか? このホテルを例にして、龍崎さんのコンセプトづくりの思考を教えてほしいです。

京都は中高生のときに住んでいた地元でもあるので、他よりも深入りして考えちゃってるかもしれないんですけど……ちょっと説明してみます。ちょっと乱暴な言い方になりますが、このホテルがある東九条は、京都じゃないんですよ。

――え、京都市内ですよね? 京都駅も近いですし……。

いわゆる「京都人」にとって、「京都」というのは京都御所を中心としたすごく狭い範囲を指しているんです。南は五条まで。まあ、かろうじて七条まで入れてもいい、と思っている人もいます。で、京都駅は八条にある。京都駅はかつて京都の内と外を分ける結界であった「羅城門」があったと言われていて、その感覚は現代にも続いています。
そしてこのHOTEL SHE, KYOTOは、さらに南の東九条にある。この東九条というのは、京都の人にとって僻地なんですよ。用事がなければ行くことはほぼない地域です。実際に、お店も人通りも少ないですしね。

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――それで「最果ての地」なんですね。

はい。そこで私たちがホテルをやることになった。2016年にHOTEL SHE, KYOTOはオープンしたのですが、地元の友達や、営業で来られた方に心無い言葉を投げかけられることもありました。リニューアルを迎えるにあたり、愛着のあるこの東九条の街で、このHOTEL SHE, KYOTOは砂漠のオアシスのような存在でありたいと思ったんです。人が集まって、憩いの場になって、文化が生まれてくる拠点になりたい。この考えがまず、コンセプトの原点として浮かんできました。
内装やコンテンツもそこを起点に考えていくんですけど、内装はカリフォルニアっぽくしようと思って。それは、ホテルをやりたいと思うきっかけになった、小学2年のアメリカ横断旅行で見た光景からきています。ハイウェイ沿いのモーテルが、自分のホテルのイメージの原点なんですよね。そして、このHOTEL SHE, KYOTOは、自分が「ホテル」という形式でオープンした初めての宿泊施設。それらを重ね合わせて、内装を考えていきました。

アイスが京都の街とシンクロする

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――京都だから和風な感じにしよう、とは思われなかったのでしょうか?

さんざん「京都じゃない」と京都人に言われている場所で京都っぽくするのは、私としてはしっくりこなくて。最果ての地ならば、それに合った別のテイストがあるだろう、と。
あと、今よく「和テイスト」とされているデザインやインテリアって、鎌倉時代や江戸時代など、時代の中心が京都から離れてからのモチーフが多いように感じていて。京都で和をやるなら、私はやっぱり平安時代の貴族文化にルーツがあるものを使いたい。
そういう意味で、HOTEL SHE, KYOTOは一つだけ京都要素を入れているところがあります。サイトやリーフレットに使っているキービジュアルの空です。晴天じゃなくてピンクのグラデーションにしたんですよ。これ、枕草子の「春はあけぼの」を表してるんです(笑)。

――本当ですね! 「やうやう白くなりゆく山際」も「紫立ちたる雲」も表現されています。

そして、コンセプトから導き出したHOTEL SHE, KYOTOのコンテンツの一つが、アイスクリームです。

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――アイスクリームパーラーがラウンジにありますね。「彷徨の末にたどり着いた京都の果てのホテルで、乳と蜂蜜の恵みで旅人たちの乾いた心を潤します」というサイトの説明で、すごくアイスが食べたくなりました。

アイスがいいなって最初に思ったのは、石川県の加賀温泉を訪れたときです。そこに、夜10時にオープンするアイスクリーム屋さんがあるんですよ。めっちゃドープやんと思って。夜中にぼんやりアイスを食べているうちに、アイスはグローバルフードだと思ったんですよね。老若男女、世界中の人が食べるじゃないですか。

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カウンター越しに出すものというところで、ホテルに合うなと思っていたんです。そして実は、京都の街をアイスに見立てているんですよ。

――京都の街がアイス?

私は中学、高校と京都に住んでいて、住んでいるうちにこの街は対立する二元的なものが混在している、と思うようになりました。古いものと新しいもの、東洋と西洋、清らかさと汚れ、この世とあの世……そういったものが渾然一体となっているんです。そもそも1000年以上ずっとある街なんで、そりゃ歴史の深み増しますよね。碁盤の目状で整然としているように見える京都は、実際めちゃマーブルな空間なんですよ。このマーブルな感じ、アイスっぽいなって。
だから、京都のHOTEL SHE, をリニューアルするなら、アイスだ! と。旅人を甘いもので癒す、という意味でも「最果ての旅のオアシス」にアイスがあるのはいいな、と思いました。

8割まではすぐ決まる。最後は言葉をひたすら探す

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――すべてがコンセプトに紐付いているんですね。こうしたコンセプトはすぐ決まるものなんですか?

そんなことないですね。めちゃめちゃ時間がかかります。内装を決めるギリギリまで考えて、内装を作り始めてもアップデートし続けます。

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――コンセプトづくりは、何が大変なのでしょうか。

8割まではすぐ出てくるんですよ。情報を集めて特徴が見つかったら方向性は決まる。最初はリサーチです。ググったり、その土地に関する資料を読んだり、そこに長く住む人にインタビューをしたりします。どんどん情報を入れていく。そして、事実に立脚する部分も大事だけれど、同時にイメージも大事だと思っていて。人がその土地に抱いているイメージはどんなものなのかを、つかんでいくんです。

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――例えばどんなイメージですか?

「THE RYOKAN TOKYO YUGAWARA」がある湯河原だったら、「2時間ドラマで使われてそう」みたいな感じですね(笑)。

――湯河原ってそういうところなんですか(笑)。

2時間ドラマ「湯けむり殺人事件」とかの舞台になりそう、とか。イメージの方向性をつかんだら、なぜそのイメージが浮かんでくるのか、を考えていきます。だって熱海って聞くと、まあちょっと古いイメージですけど、「新婚旅行」とかが浮かびますよね。なのに、1駅隣りの湯河原は2時間ドラマ……なぜだろう。
ここから、「ハレの温泉地」である熱海に対し、湯河原は「ケの温泉地」なんじゃないか、と考えました。熱海が温泉街全体を楽しむ場所なら、湯河原は宿にこもって自分の時間を過ごす場所。夏目漱石や谷崎潤一郎などの文豪も湯河原に逗留していたんですよね。そこから「湯ごもり」というコンセプトが出てきました。

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――なるほど、そういうふうに連想して考えていくんですね。

そこからもう一歩踏み込んで、「湯河原チルアウト」というキャッチコピーを考えたんです。“Chill Out(チルアウト)”というのは、クラブシーンでよく使われている言葉です。“Chill”に「冷やす」という意味があるように、踊ってテンションが上った後、ゆるめのテンポの曲を聴きながらクールダウンしているときのような、高揚感とくつろぎが共存する状態が「チルアウト」だと私は考えています。
温泉旅館はその場所自体が非日常だし、まずテンション上がりますよね。でも同時に温泉に入ったり、和室でゴロゴロしたり、窓から景色を見たりしてくつろげる。そういう意味で「チル」な空間だと捉えています。
こうした「これだ!」という言葉を探すのが、最後の2割。ここを詰める作業が大変です。行ったり来たりしながら、メンバーと何時間も話して、キーワードを探し当てるんです。

――「これだ!」というのが出たら、すぐわかりますか? 何案か出して絞っていくんですか?

前者です。京都の「最果ての旅のオアシス」も、出た瞬間スタッフ全員で「これですね」となりました。そのたった一つが見つかるまで、ひたすら探すんです。その街の空気感を的確に表せるコンセプトができれば、そのホテルは自ずといいホテルになると思っています。


■納得できるホテルがなかった。だから自分で作った|龍崎翔子 ♯1

■ホテルはメディアであり、ドラマティックが溢れている|龍崎翔子 ♯3

■初めての場所、知らない道。見たことのない京都をZINEにする|龍崎翔子 ♯4

この記事は、POLAが発信するイノベーティブ体験「WE/」のコンテンツを転載したものです。ぜひ「WE/」のサイトもご覧ください。
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