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華のない女

今日は久々のデートでした。

私は会社勤めで週末が休みですが、彼は接客業なのでなかなか休日が合いません。
デートなんてもう2ヶ月ぶりです。

昨夜、彼から電話で「明日はどこに行きたい?」と聞かれました。
「どこでも」と私は答えました。
遠慮して言ったわけではなく、本当に私は娯楽が少ない女なのです。
情報にも疎いので、今何が流行っているのか、そもそもデートスポットすらよく知りません。
様々な人気キャラクターがいるテーマパークだって、実は行ったことがないのです。

彼はしばらく考えた後、「じゃあ、桜を見に行こうか」と言いました。
「満開になるにはまだ早いけれど、シーズンさなかになると人も多くなるからね」
待ち合わせの時間を約束して、私は幸せな思いで電話を切りました。

なかなか眠れなかったのですが、アラームをかけた時間よりも一時間も早く目が覚めました。
私はさっそくお弁当作りを開始します。
実は料理はあまり得意ではありません。
だから、時々レンジで暖めるだけでそれなりに仕上がる冷凍食品も混ぜました。
でも、私の作る卵焼きは絶品です。
卵焼きなんて簡単じゃない、と思われるかも知れないけれど、冷めてもあのふわふわした
柔らかさを保つようにするには、ちょっとした技が必要なのです。
彩りも考えて、華やかに。
自画自賛ですが、なかなか素敵なお弁当ができあがりました。

約束の時間を5分ほど過ぎた頃、彼が車で迎えにやってきました。
お弁当の入ったバッグを持って、私は彼の車にいそいそと乗り込みます。
久々に乗る彼の車の助手席に、何だか落ち着かない。そんな自分がちょっと情けなくなります。

カーラジオでFMを流しながら、車は高速を軽快に走ります。
いつもは渋滞しがちなこの道も、この時間ならまだ大丈夫。
久々に会う彼を、何度もじっと見つめてしまいました。
彼は「運転に集中できなくなるから、あんまり見ないで」と、前を向いたまま照れくさそうに言いました。

休憩もせずに2時間ほど走って、ようやく目的地に着きました。
桜を見るためだけにしては、やや遠出です。
見通しの良い道の端に彼は車を停め、そこから二人でしばらく歩きました。
デートに舞い上がってパンプスを履いてきてしまった私を気遣って、彼は手を引いて
くれました。
少し息が上がってきた頃、彼の「着いたよ」という言葉で私は顔を上げました。

そこにあるのは、桜の木でしょうか。
でも、まだ花はまったく咲いていません。

「少し早すぎたかもね」
そう言いかけた私に、彼は「ごめん」と呟くように言うと、突然私の首に手をかけて力を込め始めました。
私は息ができずにだんだん気が遠くなります。

せめて、桜の木の下に埋めて欲しいなあ。そうすれば、少しは華のある女になれるかなあ。

最後に考えたことは、そんなつまらないことでした。
本当に、私には華がありません。

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