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陽の当たる教室、窓際の席で

カーテンの隙間から、3月のやわらかい日差しが入り込み、埃の粒子が舞っていた。
この教室はやたらと日当たりがいい。
午前中は、いちばん窓際の机の列に太陽の光が差し込んでいてまぶしいし、黒板の文字が光って見にくいのが難点ではあったけれど、私はこの教室、特にこの窓際の席が好きだった。


ほぼ1年間使った教科書は表紙がすっかり汚れてしまっている。
折り目やアンダーライン、ところどころ落書き。
眠くなっていつの間にか書いた解読不能な文字もある。
どうしてだろう。いつもなら長く感じる50分の授業が、今日は何だか終わるのが名残惜しい。


最後の授業は、私が一番苦手な国語だった。
いつも無表情なその女の先生は、授業中におしゃべりをしていても居眠りしていてもまったく注意しない。
やる気があるのかないのかよく分からない先生で、生徒からはあまり人気もなかった。
担任のクラスを持っていない非常勤の先生だったこともあって、他の先生たちとの交流もあまりないようだった。
たまに職員室に行くと、一人で席に座り本を読んでいる姿を見かけた。

暗いよね、あの先生。まだ独身なんだって。

生徒たちの陰口は、今思うと本当に心ない。
けれど私も、どこかではみんなと同じことを思っていた。


可もなく不可もなく、何も目立つところのなかった私だけれど、一度だけ、この先生に誉められたことがある。
夏休みに書いた読書感想文についてのことだった。
先生はみんなの前で、私の書いた感想文を読み上げた。

「・・・私は、社会というものがまだ分からない。
それは海のように、色んなものを飲み込んでしまうものなのかも知れない。
怖いけれど、私はその海を泳いで進んでいきたい」

その読み方はいつもの先生とは思えないほど感情たっぷりで、聞いている生徒たちは半ばあっけにとられ、私は気恥ずかしくてうつむいてしまった。
くすくすと笑っている者もいる。
読み終わると先生は、原稿用紙を教壇にうつ伏せて、
「先生も社会というものは、未だによく分からないし、泳ぎ方も分からないけれど・・・頑張ってくださいね」
と言った。
その言葉は教室にいる生徒みんなにかけられているようで、でも私だけにかけられているようで、もしかしたら先生自身にかけられていたものなのかも知れない。


チャイムが鳴る。最後の授業が終わった。
先生は相変わらず無表情のまま、教科書を閉じると、
「1年間お疲れ様でした。これで終わります」
日直が「起立」と言う間もなくさっさと教室を出て行ってしまった。
振り返りもしなかったのが、先生らしい。


卒業式。
少し窮屈になった制服ともお別れ、あまり数多くはないけれど、仲良くなった友達ともお別れ。
みんなで写真を撮りあった後、何だか名残惜しい気持ちでぐずぐずと教室に残っていたっけ。
こっそり職員室にも行ってみたけれど、先生はもう帰ってしまった後だった。
別に何かを言いたかった訳じゃない。
でも、何となく、先生の顔をもう一度見ておきたかったな、と思った。

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