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畑原市場

 平民金子さんの「ごろごろ神戸」がとにかく面白い。「神戸欲」が高まり、先月、畑原市場(神戸市灘区)を訪れた。震災や火災を乗り越えたものの、100年の歴史に幕を閉じるという。

 阪急王子公園駅周辺の水道筋は、8つの商店街と4つの市場が集まっている。一番大きなエルナード水道筋商店街は、平日昼間にしてはかなりにぎわっていた。スーパーや八百屋に次々と人が吸い込まれていく。シャッターを降ろす店は少なく、どこも日常使いされているようで活気がある。

 ここでの市場と商店街という呼び方の違いは規模感なんだろうか。公式ホームページでの各市場の紹介ページに「プロ仕様」「特選素材」と書いているので、客層も違うのかもしれない。にぎわう商店街とは対照的に、そこから分岐した細い路地に市場があった。ひっそり、こじんまり。どの市場も、昔から住む地元の人の御用達感満載で、ちょっとどきどきする。

 畑原市場は灘中央筋商店街内に入口がある。鮮魚店や惣菜店など、並ぶジャンルは商店街のそれと変わらない。でもどことなく、通好みの雰囲気は感じる。市場の全長は60メートルと短い。横幅も狭いので、通路を挟んだ向かいの店同士で会話できる。その真ん中を突っ切る一見の客にとっては「距離感が近くて親しみやすい」と言えるし、「覗いておいて、買わないと気まずいかな」と感じるくらいの近さでもある。

 最終日は31日だと聞いていたが、その日は元々定休日らしい。訪れた30日が実質的な最終日とあって、ほとんどの店がもう閉めていた。イベント「畑原市場感謝祭」も一通り終わったので、人もまばら。シャッターには、感謝祭の街撮り講座で撮影された写真がたくさん貼られていた。鮮魚店の店先で、丸皿に乗っけられたうなぎ。大きな鍋で天ぷらを揚げる店主。これが日常の何気ない光景だったろうに、写真に切り取ると終わるさみしさが伝わってくる気がする。
 
 最近練り物が好きでたまらないので、お目当ては蒲鉾店の「凪商店」。丸天、ゴボウ天、イカ天。最終日とは思えないほど、銀色のケースにどっさり積まれていた。豆天と野菜天と、小さなメンチカツっぽい揚げ物を選んで、計250円。100円2枚を先に出し、50円玉がなかったかなと財布を探っていたら、店主の男性が「今日最後やし200円でええよー。ありがとう」。優しさに甘える。写真を撮っていいか尋ねると「最後やしええよー」。閉店が迫る中でこのやりとり何回もあったんだろうなあ。

 練り天を入れたビニール袋を受け取ると、まだ温かい。シャッターの写真を見ながら、立ち食いした。揚げたてだから当然美味い。具沢山で、メインの一品にもなりそう。凪商店は120年も続く老舗だったらしい。一見の客が、そんな一時代の終わりに立ち会えてよかったと思う。でも、市場の閉鎖がなければ来なかっただろうし、店のことも知らなかっただろうとも思う。自転車に乗った常連客らしい人が店主に「お疲れさーん」と声をかけていた。こういう買い支えていた人に、感傷的な気持ちになる権利がありそうだ。

 灘中央筋とは反対の入口を抜けると、両隣に高層マンションが建っていた。水道筋一帯のレトロワールドに浸っていたから、落差が激しい。こんなに周りの景色が変わっても、ずっとこのままであり続けてきたということの証だ。閉鎖が苦渋の決断だったというのがよくわかる。畑原市場の跡地にもマンションが建つらしい。

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