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アカシックレコード・ストーリー


#宇宙SF

 私は目の前の男を知っている。見たことはないが知っている。
 ここは宇宙――――のとある場所にあると言われている巨大な図書館。
 簡単に言うと、宇宙のあらゆる出来事、あらゆる生命体の情報が事細かに記録されている場所。
 地球のとある学者からは、アカシックレコードなんて呼ばれてるけど。
 そんな全能性で満ち溢れたこの図書館に、招かねざる客が一匹。
 猿から運よく進化したに過ぎない地球の食物連鎖の頂点。
 その欲深さと探求心で、太陽系一の文明を築き上げた存在、人間。
 私は今、その一人の人間を目の前にして、図書館の中心である椅子とテーブルに座りこんで眺めている。

「いてて。ここは?」

 人間は一人ごちりながら、周囲を見渡している。
 巨大な図書館内では、ひゅうひゅうと本が飛んでいる。
 人間はそれを見ながら「わああ」などと口を大きく開口しながら驚いている。

「お前の眺めているその書物は、地球でいう百年先の技術だ」

 読めば脳みそが両耳から溶けて流れ出るぞ、と付け加えて警告しようと思ったが、人間という生物は慣れるまで警戒という心構えを崩すことがないそうだ。
 なので言っても効果はないのだと思い直し、胸の内にしまい込む。

「おい、人間」

「え、僕のこと?」

「お前以外に誰がいる。こっちだ」

 人間が振り向く。すぐにこの場から退場させられるとも知らずに。

「第六銀河流の挨拶をするなら……いややめだ。素直にお前達の惑星上でのルールに倣うとしよう」

 本名はとりあえず長いから――――

「私の名はエマ。ああ覚えなくていい。お前は? 一応ここに来た人間はすべて記録しなければならない決まり事でな。手短に頼む」

「僕はセンラ。沢渡センラ」

 発する言語は地球でいう東の国、日本国民が発する言語、日本語だろう。
 日本人は稀にここへと足を運んでやってくる。
 なんでも地球で一時期流行ったチャネリングと呼ばれる手法らしい。
天文学的な数値と確立で地球の外部と脳内の周波数を合わせることによって、ここへと意識(アストラル体)を飛ばしているらしい。
といっても、そいつらの大半は興味本位か偶然でここの書物を読み漁って、正気を保てず退去したが。
戻った連中のその後のいきさつはすべて把握しているが、ほとんどが廃人だった。
目の前の人間はそういうドジを踏んでくれなければいいのだが。

「センラ。一つ質問だが、お前はどうやってここに来た?」

「家で寝てて、気がついたらここに」

「夢の回廊から? そこも最近脆くなっていたか。あとで見直しを……」

「あの、エマさん?」

 おどおどと、相手から何も返事がない様子で心配するセンラに気付き、私は彼へと視線と思考を切り替える。

「すまない。じゃあ、とっとと帰れ。五十二番の回廊を開いておく。それと、回廊に行くまで、棚や床に散らばってる書物には触るな」

「え?」

 少年は困惑する。
とある地球の欲深い学者がここを訪れた時、そいつは不必要な知識すらも得ようと、私に自分の未来に関する書物を要求してきた。
猛抗議の末に、第十二宇宙の数千年分の歴史を叩きこんで無理やり送還したが、こいつもそのタチか。
 やはり、人間は誰しも答えを見たくなるものだ。
 私の千里先を見渡す眼と同じだ。
 答えが分かった途端につまらなくなるというのに、それでも見たいものは変わらない。
 やはり人間は恐ろしく欲深い存在で、ここに来るべきではない。いっそ回廊を一つずつ潰していって――――

「こんな場所にずっと一人でいたの? 寂しくない?」

「え?」

 今度は、私が彼と同じ反応を返した。

「お前、ここに来たくてきたんじゃないのか? 地球の学者風情が言うところの英知とか、万能の知識か何かを求めてきたんじゃ……」

「うーん。正直、僕本読むの嫌いなんだよね。だから、どうして来たかわかんないや」

 アカシックレコードへの通行切符を握れる条件はたった一つ。何かを求め、何かを欲する欲や願望があること。
 相対性理論などの独自理論を考案した地球の偉人は、すべてここの知識に耐えきれる脳があったからこそ、地球で栄華を極め、万人からの喝采を欲しいままにできた。
だから、学者肌やプロフェッショナルがここに訪れようとは必然だ。
 そういった学者やあらゆる道の探求者からすればここは、天に浮かぶ城の宝物庫と同じだ。

 それをこの少年は、興味ないで蹴ったのだ。
 手を伸ばせば届く距離にあるすべての答えを、この少年は必要としていない。
 ならばなぜ。彼は、センラはここに来たのだろうか。
 その答えはおそらく、ここの書物では解明できない。私がまだ知らないこと。
 実に興味深い、この宇宙ではまだ観測し得ない知識だ。

「そう……なのか。あれ?」

 目から熱いものがあふれる。

 こんな変な人間は久しぶりだ。だからなのか、それとも人間の姿を模しているからなのか。
 私自身分からないことだらけだ。

「わわわ、泣かないで! 僕嫌になること言った?」

「……いや、昔のことを思い出しただけだ」

 私はズズズと鼻を啜る。
まったく、この少年は私の知識にない事柄を提供してくれる。

「お前には私の手伝いをしてもらう。お前がここに来た本当の理由を見つけるまでの間だけどな。よろしくだ、センラ」

「うん。こちらこそ」

 少年は満面の笑顔で差し出した手を握りしめる。千里の眼で見たが、その言葉は一切曇りなく、真っ白な純白の色を帯びていた。


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